25.獣人マスターたちの頼みごと
「わしがカンヘルだ! あんたが帝国神殿のS級神官か?」
「……元ですよ。今は左遷された身ですので、S級神官とは名乗れません」
「んでも、実力はS級なわけだろ? じゃあどっちでもいいじゃねーか! なぁ、みんな!」
半竜カンヘルの声に、俺を囲む獣人たちが一斉に頷く。
ほぼ獣人たちに囲まれている今の状況は、一つ間違えば袋のネズミ状態。しかし実際は、彼らの切なる願いによる囲みに過ぎない。
さかのぼることほんの数分前。
物置のように散らばしていた部屋を綺麗に片付けたアグリッピナが言うには、今からカンヘルという半竜と他の獣人たちが来るという話だった。
「――ですから、カンヘルさんと一緒にこの街のギルドマスターさんたちがあいさつに来るんですよー!」
地下の部屋はいくつかあり、隣の部屋にはカニャンとアルミドがいる。
そして雑貨屋のすぐ地下にある物置部屋に、誰かを迎えるらしい。
「ギルドマスターって、単なるあいさつなんかじゃないよね?」
「その辺は聞いて無いですー!」
まさか逃げ場の無い地下室でギルドの加入を求められるのか――と思っていたのに、秘密の地下通路から現れた彼らの話は全く別物だった。
「アグリッピナから聞いてるよ。あんた、強いんだってな?」
「いえ、そんなことは」
「いいや、分かるぞ。内に秘めたその魔力はただ者じゃねえ! おっと、わしはカンヘル。錬金術ギルドのマスターだ。以後よろしく頼む!」
最初にあいさつされたのは、話に聞いていた半竜のカンヘルというおっさんだ。その他に見えるのは、獣の耳や尻尾を揺らす獣人たち。
見た目的に恐ろしさは感じられず、どことなく威厳のようなものが感じられる。
「……それで、俺に何をしろと言うんです?」
「近いうちに王国主催で、ギルド代表腕試し大会が開かれる」
「ギルドの……?」
「帝国から来た奴は時々招待されては大会を観覧するんだが、奴はわしら獣人が人間の冒険者に容赦なく叩きのめされるのを楽しみにしている奴だ」
何となく読めてきた。
だからゾルゲンと神殿騎士が王都に来たわけか。
「なるほど。俺が代表して出ればそいつを見返せると?」
獣人マスターたちは一斉に首を垂れた。
「あんたに頼むのはお門違いだと思っている。すまん。だが、今回の大会の結果次第で、帝国は攻勢を強めてくるというウワサだ。獣人が弱いと知れば容赦なく来るだろうな……」
ゾルゲンは帝国の使者のようなものか。
しかし奴の目の前で冒険者を倒すとか、なかなか無いことだよな。
「どうです? リナスさん。大会で勝てそうですか?」
「ピナも戦えるんじゃないの?」
「いえいえいえいえ!! 私はそんな、戦えませんよー!」
クロウ族の集落で危険人物扱いされてたのに。
「まだ何とも言えませんが、その大会は勝てばいいんですか? 武器もしくは何でも使っていいんですよね?」
「そのとおりだ。別に相手を死なせるレベルではなく、降参させればいいだけのことだからな。もっとも、わしら獣人相手だと冒険者は容赦ないが」
こんなに一斉に頼まれることになるなんて予想外だ。
しかし、
「もし俺が勝ったら見返りは頂けるんですか?」
「王都ミケルーアのギルド全てのスキルを授けてやる! もしくは、商品や武器もろもろを全て無料で提供すると約束する。どうだ? 引き受けてくれるか?」
「……分かりました」
「おお!」
武器での戦いはともかく、魔法でなら問題無い。
「それで、大会はいつです?」
「数日後だ。それまで市街地観光を楽しむといい!」
見返りは魅力的だし、戦うだけなら何も問題は無い。しかし問題は観覧するゾルゲンだ。
奴は俺がここにいることが分かっている。
そして出来れば、帝国に大会での出来事を持ち帰って欲しくない。
そうなると大会を使って、ゾルゲンをどうにかすることを考えなければならなくなるが――。




