2.捨てられ聖女、抵抗する
「アルミドさん。顔を上げてください」
神官長は神殿の外に出て来ないとはいえ、見られないとも限らない。ここは自然に話してもらわなければ。
「は。では、失礼して立ち上がらせて頂きます」
何とも大げさでいかにも神殿騎士っぽいけど、正しい行動ともとれる。
「ところで、生き別れの妹さんは見習い聖女なんですか?」
「はい。遠い故郷の地で妹は聖女の見習いを、わたくしは騎士をしておりました。離れて暮らしていたところに領土戦争があり、その際に行方が分からなくなったのです」
「辺境にいるかもしれないと思うのは?」
領土戦争で家族が離れ離れになった話は村で聞いたことがある。その結果が帝国の領土拡大につながったとも。
「わたくしはご覧のとおり神殿騎士です。神殿から離れることが出来ません。ですが妹は騎士ではなく、力の弱い少女なのです。それにク・ベルハは故郷に近く、もしかしたらという希望があるのです」
生き別れの妹か。
彼女の故郷がよりにもよって獣が棲息する辺境に近いところとは。
「妹さんの外見の特徴を教えてくれませんか?」
俺がそう言うと、アルミドはヘルムの一部をずらし目の色を見せてくれた。
「わたくしと同じ黄金色の瞳をしています。この色をした者は他にいないので分かると思います」
「黄金色……確かに珍しいですね。だけど、それ以外に分かりやすい特徴があると助かるんですが……」
「リナス様。大変申し訳ございません。わたくしの全てをこの場でお見せできれば最善なのですが、目の前に神殿がある以上どうすることも出来ません」
瞳の色だけではいくら珍しいといっても探すのは困難だ。しかしアルミドにも姿を見せられない事情があるし、無理強いは出来ない。
「うーん……何とか探してみるしかなさそうですね」
「……あ、耳の先端なのですが黒い房毛がありますので、もしかしたらそれで分かるかもしれません!」
「耳ですね、分かりました。それでは行って来ますね」
アルミドに見送られながら、辺境行きの船が出ているシャローム漁村に向かう。
漁村に着くと、神官姿の俺に気づいてすぐに声をかけてくれた。
「神官さん、この船は辺境しか行かねーぞ? いいのかい?」
「構いませんよ。私……俺はク・ベルハに行かないといけないので」
「ク・ベルハ!? 帝国から出ちまうじゃないか! しかも、あんな魔物ばっかりの廃村に行くなんて神官さんも大変なんだな」
やはりそうか。帝国領内で聞いたことが無かったし、帝国支配下から外れるわけだ。しかもク・ベルハはすでに廃村で人間がいない。
魔物の棲息地なうえに帝国じゃないとすれば、今頃ゾルゲンは笑いが止まらないだろうな。
「神官さん、夜はアンデッドが出るけどあんたなら心配ないか。ちょっと歩けば廃村に着くから、そこまで気をつけてなぁ」
船に揺られ船着場に着いた時には、明るさのあった空はすっかり薄暗くなっていた。アンデッドが出るとか言われたが、この湾は山に囲まれていて逃げ場が無い。
とはいえ、確かに俺ならアンデッドが出ても問題はないけど。
薄暗いとはいえ、廃村へ続く道はかろうじて見えるので廃村へと急いだ。
四方を山に囲まれての通行だったが、特にアンデッドが出ることも無くク・ベルハに着いた。
おそらくアンデッドは俺が神官だということに気づいて出て来なかったのだろう。
廃村に足を踏み入れると、人間が住まなくなってかなりの年月が経っているせいか、廃屋はすっかりと朽ちていた。
ここに聖女見習いの女の子がいるって、どう考えても……。
アンデッドはともかく足元がよく見えないので、光魔法で辺りを照らしてうろつくことにした。
しかし周りを見回しても荒れ放題の地面と、廃屋のそばで小刻みに震えている大きな石しか見えない。
「…………へっ? 石が震えてる!?」
擬態した魔物の可能性があるものの、俺は用心しながら震える石に近づいた。
すると、
「光ってる木……きれい。おむかえ……きた?」
か細い声とともに、震えていた石がもぞもぞと動いて俺に近付いてきた。震えた石のように見えていたそれは、暗闇の中でも分かるくらい輝いた目をしている。
「黄金色の目……もしかして――」
アルミドが生き別れた妹かもしれない――そう思いながら、何の警戒もせずに手を差し伸べようとしたその時。
「むかえちがう……なら、いかない……!」
「――つっ!?」
手の甲を鋭利な爪で引っかかれたような痛みがあった。
だが俺は元とはいえ、S級用の神官ローブを身に着けている。引っ掻き傷程度ならすぐに治ってしまう。
「きず、きえた。ま、ほう……? だれ? おむかえ?」
嘘でもないしここは素直に答えておくしかない。
「そうだよ。俺は君を迎えに来たんだ。良かったら名前を教えてくれないかな? 俺はリナスだよ」
この子がアルミドの探している妹なら名前は――。
「リナス……うん、おぼえた」
「え? うん。えっと君は何ていう名前なのかな?」
「――カニャン……。みならい……おむかえ、まってる」
意外にもあっさり見つかってしまった。
しかし、もしかしたらこの子は全てを忘れている可能性がある。
「カニャンだね? クレセールという名に覚えはないかな?」
「……覚えて、ない」
廃村になってしばらく経つが、この子はいつから捨てられていたのか。
とにかく今はここで暖を取るしかない。
「リナス、後ろ……いる」
「うっ?」
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