12.ダレイン橋上の先で
「リナスさん。私、お先に進みますのでしっかりとついて来てくださいよー! もちろん、カニャンちゃんをきちんと見ながらですよ!」
「大丈夫ですよ。ピナさんも迷わずに進んでくださいよ」
俺たちは旧跡ク・レセル村を出て、街道を目指すことにした。しかし周辺を知るのがアグリッピナだけということで、彼女を先に行かせながらゆっくりと歩いている。
ゆっくりと歩く理由は、疲れたカニャンをおんぶして歩いているからだ。
カニャンはク・レセル村の小さな丘で抵抗の記憶で俺を襲い、自分を取り戻した。姉である神殿騎士アルミド・クレセールのことも思い出した後、村で起きた出来事について少しだけ話してくれた。
カニャンによると、姉は村が大変なことになった時に離され、生き別れとなった。そしてその原因を作ったのはどこからか来た人間だったようだ。
「……リナス、わたし、重くない? 怪我は大丈夫?」
「すでに治癒してるよ。それと、カニャンは軽いから心配いらないよ」
「にゃう! リナス、優しい。だからク・レセル村の魔法も受け入れた……んぅぅ」
「眠いみたいだね。いいよ、今はゆっくり休んでいいからね」
カニャンは俺に寄りかかりそのまま眠ってしまった。
眠ってしまったが、カニャンの話によれば断崖をくりぬいて作ったク・レセル村は、元々世俗からかけ離れた場所で修行して暮らす種族の集落だったらしい。
村には戦士、騎士、狩人、村の為だけに使える魔術師……といった力を持つ者がいたが、神聖の力を持つ者はいなく病気や怪我には頭を悩ませていた。
そこで大人たちは分断していた大きな川に橋をかけ、遠く離れた人間を受け入れることを決める。
その時、まだ幼かったカニャンに聖女の知識を学ばせ、村の活性化を図ろうとした。だが村に来た人間の目的は違うものだった。
人間の過ちで獣人たちは行方知れずになり、そして……。
そいつが何者かは知らないが、神官としていずれ罰を下してやりたい。
「にゃぅ……リナス、今どの辺り?」
「んー、まだ先が見えないかな。ピナさんが案内してくれてるし、大丈夫のはずだよ」
「……ん」
カニャンはク・ベルハで出会った野良の獣人たちと過ごしながら、廃村でひたすら誰かが迎えに来るのを待ち続けていた。
そこに俺が赴いて来て、カニャンに出会えたということになる。
「リナスさーん! こっちに来てくださーい」
アグリッピナの姿が見えなくなったと思っていたら、かなり先の方まで進んでいたようで、巨大な橋上で彼女が大きく手を振っているのが見える。
おそらくここがク・レセル村がつないだ橋に違いない。
「着いた?」
「まだだけど、大きい橋の上を歩くことになりそうだね」
「大きい橋……たぶん、ダレイン橋だと思う。わたし、歩きたい」
そういうと、カニャンは俺の背中から降りて地面に足を着地させた。
「もう平気かな? 眠気は?」
「村から離れたから大丈夫。眠くなったのは昔の魔法の力、まだ残っていたから」
アグリッピナがぶん投げた土の影響ではなく、どうやらク・レセル村に残っていた古い魔法が関係していたらしい。
魔法効果が村の中だけ有効だったとすれば、かなり強力だったんだろう。
「この橋の先にピナ、いる?」
「渡りきったところで待っているんじゃないかな」
「……」
アグリッピナの声だけ確実に聞こえて来たとはいえ、先の方で俺たちを待っているのはどうなんだ。
そう思いながら橋上を進むと、
「待ってましたよー! リナスさん、カニャンちゃん~」
予想通り、アグリッピナは街道手前の橋上で待っていた。
しかしそこで待っていたのは彼女だけでは無かった。
「リナス。ピナの隣に立っているのは魔物……?」
「そう見えるね。魔物、それもゴブリンのようだけど……それにしては」
「ん。ピナが気付いてないとかじゃなくて、何の警戒も持たれずに立ってる。リナス、どうする? 戦う?」
「うーん……」
ゴブリンの中には、人間相手に商売をするのがいると聞いたことがある。
交渉次第では傭兵にもなるという。
「ピナはここでゴブリンに出会った? それとも……」
「襲うタイプじゃなさそうだけど、どうだろうね」
アグリッピナは隣にいるゴブリンを怖がっているでも無く、ゴブリンもアグリッピナと一緒になって、俺たちに手を振っている。
「とにかく間近に行かないと何とも言えないから、カニャンは大人しくしててくれるかい?」
「ん、そうする」
「何かあったとしても何も心配いらないからね」
「リナスが言うならそうだと思う」
俺とカニャンは、ゆっくりとアグリッピナの元へと近づくことにした。




