二節目 学者の性
東門を抜け、数十分も歩くと森林部の入口らしき門へ到着した。
「ふむ、この身長とあの速度で考えて、街からだいたい4kmくらいかの?」
門は木でできており、門から南北に木の柵が伸びている。
「さて、と私の現状を調査しなければいけないの。まずは、『鑑定』対象は火魔法」
【鑑定結果】
火魔法Lv1:魔力・魔素を媒体に、炎をおこす呪文です。
注意 酸素を媒体とする炎とは性質が異なるため、魔素以外を燃料に燃焼することはありません。
第0式~第1式までの火魔法が使用可能。詠唱によって魔法の精度が異なります。
「なるほど、近頃よく見る無詠唱だの詠唱破棄だのとは行かぬのか、取り敢えず頭の中に浮かんでるものでも読み上げればよいかの?『燃ゆれ フィア』」
朱音がそう発すると、あかねの手の先から縦幅10cm大の炎が発生し、真っ直ぐに伸びていく。
「なるほど、これが第0式か、では第1式はこっちかの?『従順なる炎よ、燃やし尽くせ フィエロ』」
朱音の呪文に反応し、今度は20cm大の火の玉が発生し、朱音の手の動きに連動し、くるくると回り出す。
「第1式になると、制御が聞くようになるんだの、なるほど、じゃあ詠唱を変えてみるとどうなるんじゃろうか?『従順なる、炎よ、燃やし尽くせ フィエロ』」
今度は先程の火の玉より2回りほど小さいたまが出現し、朱音が手を動かした方向と全く逆の方向へと動き回った。
「凄いの、詠唱によって効果が異なるとはあったが、ここまで顕著なのか、この挙動に再現性があれば逆に戦術として取り入れたりしても、面白そうだの!…いや、それは相手に理性があるかどうかで結果が変わりそうだの」
朱音は様々に詠唱を変化させたり、他種の魔法を使ったりしながら検証していると、森林に入ってから数時間が経過したことに日の傾き方で気がついた。
「もうそんな時間かの、それにしても結構浅い所でやってたせいもあるのだろうが、1匹たりとも討伐対象と出会わなかったの、浅瀬はもう狩り尽くされたのじゃろうか?」
市場で安売りされていた羊皮紙に羽根ペンで走り書きしながらふと疑問に思う。
「まぁ、現在MP切れじゃし、むしろ合わなくて嬉しいことなんじゃがな…さて、と日が完全にくれてしまう前にメインディッシュの方の検証を始めようかの」
朱音は自身のステータス画面に映る“軌跡の叙述”の文字を凝視する。
「言葉端から推測するに、世界のことを叙述すれば発動しそうじゃが、まぁ、『鑑定』対象は軌跡の叙述Lv1」
【鑑定結果】
軌跡の叙述Lv1:主神マーシアスによって創造されたスキル。
世界チキュウにおける術者の認識の上での軌跡を叙述(口頭のみ有効)することで、様々な効果が得られます。
詠唱節が長く、より綿密で仔細な内容であればあるほど効果内容は上昇します。MPの消費はありません。しかし、MPが0状態に限り、MPを5%回復する効果を持ちます。
初めての軌跡を記述する際には5節以上の詠唱節を要します。
5つまでストックが可能です。ストックされた軌跡は変更がない場合、詠唱することなく、初回同様の効果を得られます。
「やけに情報が細かいの、それに副効果の方がむしろ今はありがたいの…さて、やり方はわかったが、1番最初は何にしようかの、使えなかったら上書きできるとはいえ、迷うの…最初はやはり誰でも大好きなあれからかの?『迅鉄の精鋭共よ 星の如く輝き 太陽を冠する神に抗い 王の元に恒久なる平和と 煌々と照らす栄冠をもたらせ カデシュの戦い』」
朱音が詠唱を終えると、朱音の足下に大きな魔法陣が現れ、優しい光が朱音を包み込む。
「ほう…なるほど、これは俗に言うバフというやつかの?」
ステータスを確認すると、DEFとAGIの欄の数値が1.5倍ほどに上昇している。
「なるほどの…この上昇値はほか同様に詠唱量で変化するんじゃろうな、でも、カデシュの戦いとこのバフ効果はなんの関連性があるんじゃろうか?とりあえず、MPも増えたし、最後にもう一つだけ試してみるかの。
『顕現せよ 殲滅せよ 蹂躙せよ 鬼神を握する我が同胞よ 身の程を知らぬ蒼炎の帝国を今うち滅ぼせ ただ一つの我らの宿願のため その義務を尽くし 我らが海国の名を世に刻め トラファルガーの海戦』8節、今度はどうじゃ!」
今度は朱音の足元ではなく目の前に魔法陣が出現し、中から
大型の黒刃のアーミーナイフが出現する。
「なんでナイフじゃ?『鑑定』」
【鑑定結果】
蒼炎断つ碧刃:使用者のSTRの数値に応じ階位を開放する。
現在:Lv1 斬りあった相手のDEFの数値を半分にする。
使用回数:100/100
「やはり変だの、なぜナイフ…ネルソンタッチからか!それにしても、破格の性能してるの、これが詠唱なしで使い放題か、これがよくあるチートって言うやつかの…」
ピコン
『軌跡の叙述の使用回数が2回に到達いたしました。所定条件を達成しました。機能2を開放します。天使を可視・可聴化します。』
「なん、うわっ!なんじゃおぬし?」
こちらの世界において聞こえるはずのない機械音に朱音は思わず後ろに目をやると、手のひら大の光球が目の前に浮いていた。
『こんにちは。個体名 峰入朱音 私はあなたの監視・ヘルプを任命された天使 識別番号EX05です。識別名称を決定してください。』
「そ、そういえばなんか言っておったの…じゃ、じゃあエルでどうじゃ?」
『承認されました。天使識別番号EX05の識別名称をエルに決定します。完了しました。』
「それじゃあ改めて、よろしくのエル、ところでお主ヘルプと言っておったが何をしてくれるんだの?」
『私は実体を伴わぬあなたの行為を手助けいたします。例えば鑑定の補佐やこの世界について、要求に応じて様々なことが可能です。主曰く「かいつまんで言えば、そっちの世界で言うところのAIアシスタント的なものだと思ってくれていい。もちろん君の動向の監視役として、プライベートを除いた場面での映像や音声を接続もできる機能はつけさせてもらうけどね」とのことです。』
「ふむ、なるほどの…じゃあとりあえず今はヘルプの欲しいことは無いから依頼の討伐対象でも一緒に探しに行くかの!」
『是。マスター、先立って一つだけ報告させてもらいます。私はこの世界ではマスター意外には認知不可能ですので、頭の中等で話すことがよろしいかと思われます。』
「な、なるほど…町中ではできるだけいきなり話しかけたりしないでくれると助かるの」
『肯。かしこまりました。ではこちら側から話しかける場合は接続音としてこの音を鳴らします。ご了承ください。』
エルがそう言うと、朱音の頭の中にポンとピアノの音のような音がなる。
「それはありがたいの、して、エルよいきなり仕事ですまない挙句にこれができたらなんだかずるいような気もするが、おぬし魔物を探索ーみたいなことってできぬかの?」
『肯。周辺地形を取得完了、アクセスを申請。許可されました。周囲球状100m以内であればサーチが可能になりました。実行しますか?』
「おー!なんかマシンチックでかっちょいいの!頼む!」
『了。サーチ開始。サーチ結果を表示します。結果はタブにて非表示化可能です。』
数秒もすると、朱音の眼前にステータス画面と同じ形状の画面がもう一つ追加され、中には地図と2種類のマークが見える。
「これは、私が白矢印で、敵対物が赤丸っていう認識でいいかの?エル」
『是。友好対象が現れた場合は緑色、メンバーの登録がなされれば黄色のマークで提示します。』
「なるほど、了解だの、っとすぐそこにいるの」
朱音が、ナイフを片手に持ち、臨戦態勢を取ると、約20mほど離れた木の影から緑の色をした醜悪な見た目の子供サイズの魔物が現れる。
「あれは、ゴブリンか」
『是。名称はゴブリン。瘴気が貯まると、複数体同時に生まれ、人間の子供ほどの知能を持ち、繁殖能力・欲求が非常に高いです。討伐証明部位は耳です』
「よくある他種族の女〜ってやつじゃの。こう考えてします自分が怖いが、集まってくる前に始末してしまうかの」
こちら側に気づいている様子のないゴブリンに向かって朱音は一足飛びに飛び出し、ナイフを首に刺し、そのまま蹴り飛ばして首を落とす。
「あっちであ奴らに強制されて軍式格闘術とか色々と学んでおいてよかったの、それを差し引いても12歳の動きとはかけ離れてはおるが」
『告。称号名 神との契約者とストックNo.01 カデシュの戦いの相乗効果により、ステータスが上昇している影響です。また、称号名 神との契約者の効果により、敵対魔物に対しての敵対意識、恐怖・ストレス軽減、状態異常耐性が付与されております。主曰く、「怖がったり、臆したりして怪我したりするとあれだから念の為つけておくけど、天使ちゃんに言えばオン/オフはできるから、もし嫌だったら切ってもらってね」とのことです。オフにしますか?』
「いや、大丈夫じゃ、むしろそれで私が変に暴走しそうになったら有無を言わずに即座に切ってくれ。私が直前になんと言ってもの」
『了。それ以外で、オン/オフの要望がある時は私にお伝えください。』
「ん、とりあえずこれでスキルの概要はとりあえず把握できたかの…もう日暮れだの、帰るか、それともフィールドワークよろしく野宿か、エルはどっちがいい?」
『告。火の使用が困難な為、討伐部位を獲得した後、街への帰還を推奨します。』
「わかった、じゃあ耳じゃったか…うへぇ…?!消えた?」
朱音がゴブリンの耳を切り落とし、袋の中に入れると、ゴブリンの胴体と頭が光の粒となって消滅した。
『告。魔物は討伐証明部位。別名剥ぎ取り可能負滅部位を取得すると、瘴気と魔素に分解されます。そのため、討伐後は即座に剥ぎ取りを行うことを推奨します。』
「それはなんとも奇妙というか、回転が良すぎるというかなんとも言えない感じがするの」
(なーんか、毎回この世界すこーしだけ違和感があるんじゃよなぁ。それにしても神。あやつなんのために私をこっちに送って、監視までつけてるんじゃろうかの、待遇は良すぎるだけに、微妙に信頼が置けないのだの。それに、エルの番号が5番なことも気になるの、これは5番のエルだけがこういう力を持っているのか、それとも"先輩"がいるのか…)
朱音は少しの間目を細めながらゴブリンの死体があった場所を見つめ、考えを巡らすが、結局結論は得られないため大人しく、エルと一緒に街へと戻っていった。
宿屋に戻り、店主の作った夕飯を食べ、大浴場でお湯に浸かり、着替え、部屋に戻ると、朱音は再び口を開いた。
「エルよ、少し質問があるんじゃが答えてもらえるか?」
『肯。何を質問なさいますか?』
「その前に、今からもまだ私のプライベートだの、神との接続は遮断してくれるかの?そしてお主自身の意見で答えてほしいの」
『了。接続中断申請を再申請。許可されました。接続中断を完了しました。識別名称 エルを独立モードに切り替えます。』
「よし、今から言うことに嘘偽りなく答えてほしいの、お主はなんのために監視をしている?」
「私はあなたが主から賜ったスキルを用いて世界に危害を加えないように、また、影響を及ぼさなすぎることのないように監視しております。」
「なるほどの、じゃあ次だの、神は何を考えて私をこっちに送った?」
「それは私には情報が開示されておりません。ただ1つ、」
「1つ?」
「魔法の発達により停滞した世界に少しの変化をもたらすことが目的の可能性が存在すると思われます」
「なるほどの、じゃあ最後じゃ、私にとってお主は完全に味方か?ここでもしくは後ほど嘘だとわかった場合おぬしを信用することはなくなる。正直に答えてほしい」
「私は全面的にあなたの味方です。が、監視機能により一部の情報は展開に傍受されていますので、完全に絶対的に味方とは言い切れません。」
「いや、むしろそう言い切ってくれたほうが信用できる。ありがとの、これからも頼りにさせてもらうの」
「はい。接続を再開してもよろしいでしょうか?」
「ん、あーでも、音声だけでもいいかの?寝ているときの姿など誰かに見られていいものでもないしの」
『了。接続を再開します。マスターの権限により映像傍受を切断。音声のみで再開します。起床後、身支度を終えたと判断した場合、映像を、再開します。』
エルの声が、先程のまるで人のような声からもとの機械的な声に戻ってしまう。
「あのエルもかわいらしくていいのだがの、まぁ、風呂の時の楽しみとして取っておくかの」
エルがいつものように停止しながら事務的な作業をこなしている中、朱音はポツリとつぶやき、部屋についている魔導具の灯りを消し、ベッドの中、眠りに入った。
「やっぱりちょっと強引だったかなぁ、変に勘繰られちゃってるしなぁ、ほんとに大した理由なんかないんだけどなぁ、あの子達と一緒で」
『告。では、主もマスターに説明をなされてはいかがですか?』
「いや、まぁ彼女の味方は一番近くにいることになるだろう君がいれば十分だろうさ。それにあんまり僕と彼女が仲良くなるとうちの奥さんや、君が嫉妬しちゃうかもしれないしね」
『非。私はマスターと主の接点に対して特別な感情を抱くことはないと思われます。』
「そうかい?君は…いや、そんなこと言っても野暮だね、君がそういうんなら多分そうだよ、さてと、朝までは起きないだろうし僕は家族と過ごしてくるよ、君も適度に睡眠を取るんだよ、そのために用意したスキルもあるでしょ」
『了。マーシアス様、おやすみなさい』
「ん、あまり気張りすぎないでね、おやすみ天使ちゃん…いや、エル」
マーシアスは手をひらりと振りながら、部屋を出ていき、部屋の中はエル一人となった。
『識別名称 エルにおいて要求、マスターの身に危険が及ぶ状況の1分前に緊急宣言を発令許可、即座に睡眠状態を解除します。』
エルは朱音の寝るベッドにふわっと飛んでいき、朱音の手元でベッドにつき、エル自身も就寝する。
「おやすみなさい、マスター」
「むにゃ、たしかに、この仮説は新しくて、興味深いのぉ」
「ふふっ」