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プロローグ 歴史学者 峰入 朱音

「今日も雨か…まったく、書物が湿気ってしまったらどうしてくれようか」

 そう、その歴史家は万年筆を走らせながら本に埋もれた部屋の中ぽつんと呟いた。

「雨という気象自体は好きなのだが、如何せん紙媒体を扱っているとそういった所にシビアになってしまう…おっともうそろそろ○○社の編集が来る頃合か、あと1ページだ、さっさと済ませてしまおう。」

 1人でブツブツと話しながら、持っている紙束に傍線を引いたり、斜線を引いたり、何やら言葉を走り書いたりを繰り返し、やがてペンに蓋をし、本を閉じる。パサッと音を立てて本が閉じた後、ドタドタと人の足音がし、呼び鈴が鳴る。

「こんにちはー、朱音せんせーい山下ですー」

「空いてるからそのまま入ってきてくれ、おっと、床の資料は踏んだり倒したりしないでくれ」

 山下と名乗る20代半ばの女性は快活に扉を開け、部屋の中へ慎重に入ってくる。

「ほら、今回分の検討だ、この作者は少し時代考証が甘いな、高校生くらいか?文章自体は主観としてかなりいいものだろうが、歴史的事実と大きく逸れた部分が数箇所存在した、“フィクション”の歴史コミカライズだと言ったらそれまでだが、その路線で行くのならもう少し逸脱させるべきだ。中途半端に史実に沿ったり反したりを繰り返してはどちら側の読者もつかないのではないか?」

 山下が朱音の目の前につくやいなや矢継ぎ早に資料への考察を述べ出す。

「なるほど…では、次のミーティングで作家本人と相談して舵切りの方向性について決めますね。もし史実によるのであれば先生にまた頼むかもしれませんので来週、追って連絡します。」

 山下は朱音から差し出された紙束を封筒に入れ栓をくるくると糸で巻いていく。

「うむ、了解した」

「ずっと思ってたんですけど…朱音先生はなんでそんなにお若いのに老人口調なんですか?」

 朱音の顔色を伺うように山下が質問し、それに対して朱音はケロッと答える。

「私がおじいちゃんっ子だったからかの、それと歴史上の人物の手記などに晩年のものが多いからな、この二十余年の人生この言葉遣いに慣れてしまったからかの」

「お顔は可愛らしいのにおじいちゃんの口調で先生とおなはししてるとすこし不思議な感覚になるんですよねー」

 山下が口に指を当て、首を少し傾けながら話しかける。

 実際、朱音の顔つきは絶世の美少女の類とまではいかぬものの、かなり整った顔つきで、博士号を取得した時や、学会で初めて論文を発表した時などテレビ局から取材が来たものである。

「よいよい、私を褒めたところで何も出てはこんぞ」

「えー別にお世辞のつもりで言ったつもりないですけどー」

「ふふふ、ならばありがたく受けとっておくの」

「はい、そうしてくださいー、では、私はこれで、また今度お時間ある時にお食事でもー」

「うむ、また今度の」

 そう社交辞令を述べ、手を振りながら山下は朱音に別れを告げ、会社へと帰っていった。

「ふぅ、これで、今週の仕事も終わりかの、いや、土曜の昼に歴史家共で飲みがあると言っておったな、今回は時間もあるしわしも参加するかの、さて、スマホはどこにやったか…」

 資料を踏まないように本に埋もれた部屋を見渡す。

「お、あったあった」

 そう言いながら朱音は数m先の本の上に置かれたスマホの元へと歩いていく。

 ガサッズデン、ドガッ

「おぶっ!いてて、明日はこの資料の山を掃除でもするかの、今週は仕事が溜まって資料も溜まって大変じゃったからの…?」

 朱音はふと、自分に影が覆いかぶさって行くのを確認し上を向こうとする。

 ドサッガタガタガタ

 朱音の上に、資料の山とその後ろに位置していた本棚が倒れかかり、朱音はそのまま意識を失ってしまう。



「いっててて、ん…なんじゃここは?…誘拐でもされたかの?テレビに出て以来ストーカーやらネットでの悪質な絡みやら犯罪に巻き込まれることが増えたの…出たのは失敗だったかの」

朱音が目を覚ますと、見知らぬ真っ白な部屋の中にいるとこに気づく。四方の壁や天井、床には扉のようなものはなく、わかることは部屋の角の判別も難しいほどにただ真っ白な部屋であることだ。

「おーい!どうせ誰かおるんじゃろ!拉致でも監禁でも保護でも何でもいいから対応せーい、目覚めたぞー」

そう、誰もいない壁に向かって取り敢えず声をかけてみる。

「ふむ、ほんとに誰もいないのかの?」

「ごめんごめん、ちょっと思ったより目覚めが早くて、対応が遅れちゃったよ」

そう、何者かに後ろから突然声をかけられ、朱音はぎょっと振り向く。

「なんじゃ?!どっから入った?!いや…でも私がここにいるなら展開図を閉じたみたいな箱でもない限り搬入口もとい出入り口はあるのか…?にしてもこやつは音もなく私の後ろにきおったぞ?なにか種があるのじゃろうか?」

朱音はブツブツと言いながら後ろに立った人物の姿を眺める。見ると、外見は中性的な10~20代の若者、何故か中世欧風なキトンを身にまとっている。

「おぬし、顔や体からじゃ分からんが、女子か?」

「いえー、私に性はないんですよ、強いて言うなら男にもなれるし、女にもなれるって感じ?」

「なっ…は?!」

その人物がくるりと体を回転すると、筋肉のついた頑強な体の男性に変わり、もう一度回転すると、豊満な胸とあでやかな長髪の女性へと変わる。何かトリックと言ったわけでもなく骨格から丸々と変化しているようだ。

「一応説明させていただくと、私、神様です」

「なるほど、そういうことか」

「え、反応うっす」

「いや、非現実的な事象ではあるが神の御業であれば、理解こそできずとも納得はできるの」

「なるほど…まぁ、話が早い分には助かるんですが。というわけであなたは第1の生を不幸にも資料の下敷きになって終わってしまったので、異世界へ転生してもらいます!」

「なるほど?」

朱音は怪訝そうな顔を浮かべながら、顎に手を当て、眉間に皺を寄せる。

「私は資料の下敷きになって死んだのか、にしてもおかしいな、ものの下敷きになって死ぬなんて事故の件数、年間だけでも数十数百どころの騒ぎじゃないだろう、その都度お主が会うわけでもあるまいな、なにか裏があるの?」

「いや、それは…ない、ですよ?」

神と名乗る“それ”は目を右上に逸らし、頭の後ろで手を組み、かすれた口笛を鳴らしている。

「思いつく限りでいえば…例えば死ぬにはまだ早かった…とかかの?」

追い打ちをかけるように朱音は神に質問する。神はギクッと体を跳ね、顔をゆがめる。

「やっば、理解力と適応能力が高すぎでは?」

「歴史学者じゃからの、新しい説に対し客観的に根拠を持って批判や検証をしなければならぬのじゃよ」

朱音は人差し指を立て、ちっちっちっと舌を鳴らすのに合わせ、交互に揺らす。

「隠せないなら仕方ないですね、そうです、こちら側の手違いでして…本当はまだ死なせるつもりではなかったんです、というかあなたの死因は天寿を全うしての老衰だったはずなんですけど、肉体の体力があまりにも少なかったらしくて“運命”が誤作動を起こしてしまいまして、なにか疲労するようなことしてました?」

「…確かに、今週はなかなかに忙しくて1日合計二時間睡眠とかざらじゃったの、歴史とは常に新しい視点で見ていくからの、様々な考察が毎日増えていくのじゃ、その検証で睡眠や食事の時間が少なかったことのせいかの?」

「ほぼ確実にそれですね…いくら外に出ることが多い歴史学者とはいえ、インドア派の体力を舐めてましたね」

「そうじゃの、高校を出てから数年になるが確かに、運動など滅多にしてないの」

「ん、数年?あなた今何歳ですっけ?」

「23くらいで院を終えたからたぶん25とかじゃの」

「え、まだ25なんですか…ほんとにこちらの不手際極まりませんね…記憶を持ったまま転生させてあげようかと思ったんですがそれだけじゃたりませんね、“これ”もつけておきましょう」

「ん、なんじゃ?」

神が指をスイスイっと動かすと、朱音の体が少しづつ半透明になっていく。

「じゃあ、今度は不手際が無いように、気をつけますね、一応間違いのないように天使を1人だけ隠してつけておきます。あなたの命の危険に際して、1回だけ命を助けてくれると思いますので、第2の生を気ままに楽しんでくださーい、あっ幼少期を生きたり、家族に縛られたりがないように子爵家の次女ですので、作法等は生まれてから学んでくださいねー」

神は手を振って消えゆく朱音を見送る。

「ちょっ!待てっ!お主!名前は!」

「あーっと○○スです。」

視界がぼやけ、あと一歩のところで名前をすべて判別できずに、朱音は半ば強制的に転生させられる。

(○○ス…無性…まさかの…)

ふとした事を思いながらも、可能性の薄い意見を切り捨て、朱音は力を抜き、流れに身を任せる。

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