車が引きずるもの、あれは……
最初はボールだと思った。
仕事帰りに高架下の歩道を歩いていた時、すぐ側の車道を車が走り抜けた。車道は一方通行の細い道にもかかわらず、車はそこそこスピードを出していた。
変な音が聞こえた。何かを引きずるような鈍くて嫌な音が、車とともに遠ざかっていく。歩きながらスマートフォンを見ていた私は、何の音かが気になり立ち止まった。
視線を上げると走り去ったのは真っ黒のタクシーだった。タクシーのトランクの下には紐でボールのようなものが四つ繋がれていて、鈍い音を立てながら引きづられて行った。
次に見た時、私はボールじゃないと気が付いた。
初めてボールのようなものを見た10日後の水曜日。ノー残業デーでいつもより早く帰ることができた私が高架下を歩いていると、また車が横を通り過ぎた。
どじゃ、どじゃ、どじゃじゃじゃ
ぐじゃ、ぐじゃぐじゃ、ぐじゃじゃ
耳に残る鈍い音がした。音を聞いて私はすぐに車を見た。すると、またあの黒いタクシーだった。
前見た時よりも車はかなりゆっくり走っていたので、引きずられるものがよく見えた。音の正体が気になってじっくりと見た私は、見た直後に自分の行動を後悔した。
引きずられていたのは生首だった。
引きずられ、ずたずたに傷ついた三つの生首。どれも顔はぐちゃぐちゃに潰れていたが、不思議なことに傷や首の断面から血は流れておらず道路も汚れていない。それから、私がボールを繋ぐ紐だと思っていたのは束ねられた髪だった。真っ黒の長い髪は光沢があり、生首は女性のものに見えた。
生首だと気付いて、私はすぐに目を逸らそうとした。でも、何故か目を離すことができなかった。立ち止まり離れていく車を見つめていると、右端の生首と目があった。生首は生ぬるくどろりとした目で私を見ていた。
次に生首を見たのはまた10日後だった。
生首と目があった日以降、怖くなった私は高架下を通るのをやめた。高架下を通らなければ問題がないと考え、通勤時も帰宅時も少し遠回りするようにしていた。
でも、遠回りをしてもだめだった。仕事帰りに家の近くの道を歩いていた時、またあの嫌な音が聞こえた。
どじゃ、どじゃじゃ、じゃじゃ
ぐじゃぐじゃ、ぐじゃ、ぐじゃ
私は怖くなり思わず動けなくなった。すると、ゆっくりゆっくり黒いタクシーが横を通り過ぎた。見たくないと思っているのに視線は勝手に車の後ろに向かい、そしてそうなることが当たり前のように生首と目があった。
生首は二つになっていて、どちらも私を見ていた。私もまた立ち止まり生首を見ていた。私は怖いのに動くことも、声を上げることもできなかった。
ぶちっ
耳に残るすごく嫌な音がした。音がしたのと同時に、遠ざかっていくタクシーから生首が一つ取り残された。髪が切れたようだった。
私の3mほど前に落ちた生首は、タクシーに置いていかれた後もそこから動かなかった。タクシーが見えなくなり、私が動けるようになっても生首はそのままだった。
引き返して道を変えるか生首を無視して家まで走るか悩んでいると、生首くるりと転がり私を真っ直ぐに見た。
「私の代わりはあなた」
生首が喋った。そしてそれだけ言うとふっと消えた。
顔はぐちゃぐちゃなのに、はっきりとした綺麗な声だった。それから声はやっぱり女性の声だった。そんなことを考えてから私は生首に言われたことを思い出し、そして全身に鳥肌が立った。
生首に話しかけられてから一週間が経った。私はあの日以来、怖くて外に出ていない。
これは私の友達が教えてくれた話だ。
私は趣味で怖い話を集めてはブログで公開している。作り話もたくさん書いているが、たまに人から教えてもらった怖い話や不思議な体験談も投稿している。
ブログを始めてそろそろ3年になる。最近投稿するネタがなくなってきた私は、SNSで怖い話を募集してみた。フォロワーはたくさんいないけれど、一つぐらい集まったらいいなあなんて思いながら。
投稿してすぐに親切な方々が反応してくれて、10個ほどネタが集まった。これで暫くはネタ切れを心配しなくてすむなと思っていたら、大学時代の友達から突然電話がかかってきた。
「怖い話って現在進行形でもいいの?」
いつも明るい彼女の声が、その時は驚くほど暗く沈んでいたので、私は心配しながらは彼女の話を聞いた。しかし、話し終えた彼女は一言「いきなり電話してごめんね」と言って一方的に電話を切った。
あの日以来、何度も電話やメールをしているが彼女と連絡がつかない。