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女王候補の男狩り 1

アルダ族女王候補の婿になった者達には金貨100枚を与える――


その公示と武闘会開催の知らせがアマルフィの街や村々に出た。


アルダ族は海の方からやって来る超戦闘民族で成人は女性のみ。

他民族と戦をしていた時代からアマルフィ領主達はアルダ族と同盟を結んでいるそうだ。


アルダ族の婿になったら働かずにのんびりと毎日上等な酒を飲み色々と豪奢な暮らしが出来るらしい。

最近、フェリエ村の男達はその話ばかりしている。


秋のアマルフィ元首選挙はその話題に埋もれ、冬になって「ああ。そういえばオルランド家が元首続行なのか」程度だった。

選挙といっても選ばれた貴族数人が投票するだけなので、ほぼ無関係な平民としては直接貰えるかもしれない金貨の方が気になる。


そんな冬のある日、朝の棒体操中にパオロが修道院へ馬で駈け込んできた。

いや、一応、男子禁制なので。困る。


ともあれ棒を持ったまま修道院の門前で院長と共にパオロを迎え淑女の礼をする。

「ようこそおいで下さいま「ラウラ。俺と婚約してくれ。この際、結婚でもいい」」


奴はこちらが頑張って述べようとした挨拶を無視した上、妙な申し込みをしてきた。

身を起こしパオロの顔を見ると馬で走ってきたにもかかわらず蒼白だった。

きっちり立っている様子からすると体に問題があるようには見えない。


「いやいやいや。主はおっしゃいました。パオロ様の両頬を拳で20往復程殴りたまへ、と」

「殴らせれば婚約してくれるって事だよな?」

「嫌に決まっているじゃないですか。どうしてそんなに前向き思考なんですか」


普通、婚約の話は親同士でする。

もしくは昨今平民で流行の恋愛結婚の場合、少なくとも当人同士が友好関係である必要がある。

どれもぶっちぎっているパオロは非常識であろう。


オルランド家の人々はパオロ以外は優秀なのになんでだろう。

神の悪戯か。

それは割とどうでもいいが続くパオロの話は気になった。


「婚約者が居ないと、俺がアルダ族の魔女の婿になってしまう」

「あら、パオロ様。アルダ族の種馬として面白おかしく過ごされるのも良いではないでしょうか」

超淑女の礼をし、顔を上げると涙目のパオロが「女のクセに種馬って言うなよ…」と縋るようにこちらを見ていた。


三男なパオロ様はアルダ族への生贄に丁度良い。

オルランド家からすると、長男のスペアな次男を手元に残し三男のパオロを家同士都合の良いところに種馬として出荷。

そう。パオロ様は恵まれた血を受け継ぐ優秀な種馬だ。

我ながら酷い事を言っているが事実では、ある。

現実は残酷なのだ。

本人が何故か嫌がっているのが意外だが、婿入りしたらそれなりに楽しくやっていくんじゃなかろうか。


「あらあらウフフ。パオロ様。お迎えがいらしたようですわよ」

院長がそう言って手にした棒で示した先に、馬が2騎近づいて来るのが見えた。


「くそっ!何故ここだと分かったんだ!マティルデ殿、感謝する。これにて失礼」

小賢しくも院長にだけ挨拶をしパオロは馬に乗り逃げ去った。


「何がしたかったの。あいつ」

思わず呟くと、横でトンと棒で地面を軽く突く音がした。

そっと隣をうかがうと院長が老いても可憐な微笑みを浮かべてこちらを見ていた。

「ラウラ。淑女の口のきき方というものを今日はじっくりと復習致しましょうか」


パオロは私にとって疫病神だ。


*


安息日は養父の村長館で昼食をとる。

冬の清涼な朝日を浴びながらイラと共に村長館の庭を玄関へ向かって歩いていると、馬小屋の方に藁を抱えたパオロがいた。


今、なんか変なモノが見えた。


思わず踵を返し、門へと向かう。

「イラ。わたくし、今日はお腹が痛いので修道院に戻って寝ていますわ。お父様に伝えておいて」

「ここまで鼻歌を歌いながら歩いてきて何を言っているんですか。さあ、行きますよ」

容赦無い言葉と共に両肩をがっしり捉まれ、玄関へ連行される。


「お嬢様お帰りなさいませ」

明るく迎えてくれたメイドのアンへ虚ろな返事と共に持参したパンを渡し、居間ではなく自室へ小走りに入った。

養父母の厚意でずっと保存されている私の部屋。

掃除も行き届いており埃っぽさも無い。

ちなみに隣はイラの部屋だ。


窓を開けるとやや強い風が吹き込み壁に掛かった額をカタリと揺らした。

額の傾きを直しながら中に収められた地図を眺める。

ふと、エンリコ兄様は今どの辺りなのかと思う。


そうよ。長男のエンリコ兄様がおられない今、長女のわたくしがしっかりしなければ。

部屋に逃げ込まずに戦ういや、もてなすのよ。

パオロは公爵家の三男。

いや、本当に何でここにいるんだろう。

「頑張れラウラ。やればできるハズ」


気合を入れて居間へ行き、父母に挨拶をし厨房で昼の仕込みを手伝う。

と、勝手口からパオロが入ってきた。

「え。パオロ様、何やっているの?」


桶を手にしたパオロは床に置かれた水瓶に水を入れるとこちらを見てふっと笑った。

「見て分からないとは哀れな奴だな。水を汲んできた」

「いやいやいや。誰がそんな事させたの?」

「毒を入れたりはしないので安心しろ」

勝手口から続いて入ってきたイラが同様に桶から水を入れ頷いた。

「ラウラ様、私が見張ってるので大丈夫ですよ」


何が大丈夫なのか。

毒の話じゃない。

公爵様でアマルフィ元首的領主様のご令息に水汲みさせたなんて知られたらマズい。

しかも今は冬。


修道院でやっているがキツい肉体労働だ。


「次は薪割りですね」

イラがそう言うと何やら嬉しそうなパオロが外へ出てゆく。

「ああ。力仕事は男の役割だからな」


安息日に薪を割って良いのか。

いや今の問題はそこじゃない。

慌てて裏庭に出ると、お母様が「すっごーい。流石ですわ」とパオロに向かって手を叩いて喜んでいた。

その横で父も薪を割っては母の方をチラチラ見ている。


院長がたまに来る修道士に薪割りをさせていた時の姿がダブって見え、タマネギを持った左手の甲で目をこする。

幻ではなく、公爵様のご子息を下男扱いしている母が居た。

「いや。お安い御用です」とパオロが滅茶苦茶嬉しそうにしているので馬鹿らしくなり台所へ戻りタマネギの皮むきを続けた。


水汲みも母のお願いだったのだろう。

なんかもう色々とどうでもいい気分だ。


そういえば挨拶を忘れた。

公爵家の三男様にマトモな挨拶を出来なかった。フェリエ村長長女一生の不覚。

次回は勝手口から奴が水桶下げて入ってきても、こちらは華麗に淑女の礼をするのだ。


*


食事中は和やかに過ごす。

それが我が家の方針だ。

お父様もお母様も子供達を食事中に叱責しないし兄達も喧嘩しない。

幼い頃は食べ方の注意はあったが、長じてはそれも無くなり平和な食卓だ。


なので色々と問い詰めたい事はあったが、次男のジーノ兄様の振る当たり障りない会話を大人しく聞きながら食事をする。

どうやら昨夕、パオロが鴨肉を土産に訪ねてきてそのまま泊りこの昼食会に至っているらしい。

ちなみに昼食の毒味役はイラだ。昨夜と今朝は父がしたらしい。


「まあ。この鴨を?パオロ様、ありがとうございます」

微笑み礼を述べると、パオロは爽やかな笑顔で「喜んで頂けて幸いです」とさらっと返し父や兄と狩猟の話に移った。


鴨は美味しかった。パオロのくせに生意気な。

だが、娘の私ですら遠慮して泊まらないのに。図々しい。

泊まるとメイドのアンの仕事が増える。

なので昼食をとり夕方には修道院へ戻るのだ。


なのに、何故。

いきなり土曜日に来訪してそのまま泊り翌日の昼食も、とか。

我が家は宿屋じゃない。


食後は居間で男達だけでワインを飲みながら歓談する流れのハズが、何故かわたしがパオロに庭を案内する事になった。

パオロはウチの庭なんて知り尽くしているじゃないか。冬の庭なんて何を見るんだ。

とは思ったが淑やかに「はい。お父様」と答えた。


いい機会なので庭を歩きながら文句を言う。

「そもそも。お貴族様は先触れってモノを寄越すのよ。そうすればこちらも色々準備出来るの。あと、従者も連れずに一人で出歩いて大丈夫なの?」

無連絡突撃訪問宿泊など許されないのだ。

喉を鳴らす音に隣を見ると、パオロがニヤニヤ笑っていた。

「お前、親の前だと大人しいのな」


「あんたもでしょ!何が、喜んで頂けて幸いです。よ」

ついカッとなり、足を止めてパオロの胸元を右手で小突く。

「そもそも何をしにきたの?」


パオロは私の右手首を掴んだ。

そのまま振り払うかと思ったが、その手を引いて私の右手甲に唇を寄せた。

「何って。婚約の申し込みをしに?」

そう言って小さく笑いそっと私の手を離す。


「誰との?」

「お前とのに決まってるだろうが」

顔を顰めながら「でも村長に断られた」と息をつく。


そりゃまぁ、そうだろう。

「父は断った理由はなんて言ってた?」

「身分が違い過ぎるとか、お前は修道女になる予定だとか」


「公爵様は今パオロ様がここに居る事を知ってるの?」

「知ってる。変に探されて騒ぎになると面倒だし」

アルダ族への婿入りを嫌がっている息子を不憫に思って許可したんだろうか。


なんとなく萎れたように見えるパオロを見て、私は口を開いた。

「あのね。わたしは他の誰からの婚約も受けないから」

青い目が瞬いてこちらを見返す。

「わたしは誰とも婚約しないのよ。だから断られたのはパオロのせいじゃない」

様をつけ忘れて思わず自分の口を手で押さえる。


と、パオロは小さく笑って「そっか」と言った。

その顔をなんだか見ていられずに視線を逸らすと後ろにやや離れてついてきているイラが目に入った。


「なぁ、ラウラ。お前、なんで修道女になるんだ?」

不躾な問いに、パオロの顔を見る。

「そりゃまあ。海より深い信仰心によるものとしか」

「嘘つけ」

「ちょっと!」


嘘つきと言われてムッとしたわたしに、妙に穏やかな口調でパオロは尋ねた。

「女のクセに本を読むし高い地図を買ってどこに行こうかなんて言い出すし。教会の方針と真逆じゃないか、お前」

「いやホラ。修道女なら写本も仕事に出来るし割と合ってるかなー、と。あと、修道院は修道会所属だから教会とは別なのよ」


今一つ納得していない表情のパオロにヒントを出す。

「教会が女に文字を教えないのは、女が子供を産むからよ」

「知ってる」

「だから教会としては、ヒト族の子供を産む予定が無い者は文字を書いても本を読んでもいいの」

「成る程」


「ヒト族アマルフィ共和国公爵家の三男であらせられる、パオロ様」

公爵家の三男と呼ばれ、秀麗な顔が歪む。

めっちゃ嫌そう。

「パオロ様。アルダ族の婿になりたくないなら、ヒト族の貴族の女の子とさっさと婚約すればいいのよ」

にっこり笑い、言い捨てるように身を翻して館へ向かう。


後で、客人を寒い庭に置き去りにした件でお母様から滅茶苦茶怒られた。

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