走る馬の灯
「さすがの怪物。でも、アイツもう息もしてない。まるで概念のようにそこへ存在してるだけ」
死してもなお残る怪物の影響力。メリットとメントの身体も震え始める。
「……いったいなにを起こそうってんだ? アイツは」
「さあ」メリットは淡泊に返す。
*
走馬灯というヤツだろうか。ルーシの脳内に過去が走る。
「処女である私を抱くことです……とでもいうのかい?」
──これはあのときだ。あの自称天使が色ボケであることを見抜かれたときだ。
「宗教放棄者ですか……ならふさわしい場所がありますよ」
──あのとき、もしも敬虔に神を信じていればなにかが違ったのだろうか。いいや……すべては初めから決まっている。神は自分の内皮に潜んでいるのだから。
「おれは暴れられればそれで良い」
──暴れてなにを得られた? 結局人殺しで、結局自分すらも殺してしまう。そこにいるのは惨めな男娼だ。
「ここがロスト・エンジェルスか。ずいぶん発展してやがる」
──発展した街だった。無神論者は自らを神だと断言するような連中の集まりなのかもしれない。そして、この街でオレはたしかに生きていたんだ。
「あ? オレが9か10歳程度のガキに見えるってこと?」
──怒涛だったな。自分を恨んで、他人を恨んだ末がこのザマだ。二一世紀最大の怪物が銀髪の幼女になっちまったなんて、笑い話にしちゃおもしろくもねェ。
「与えられたカードで勝負するしかない」
──歯切れの良い言葉ばかり選ぶ人生だ。逃げた先になにがあったんだ? もしかしたら真正面から挑んだほうが良かったのかもしれない。
「この世界に存在しない攻撃を防げるヤツなんていない」
──こじつけみてーだが、それでも世の中が回転するんだからわからねェな。
「私とおまえは姉弟だ」
──クール。おれもおまえのいねェ世界なんて嫌だぜ? ジョンに勝ってこいよ?
「あのー……キャメルお姉ちゃんって呼んで良いですか?」
──腹の中とはいえ、あれだけ爆笑したのも久しぶりだ。小娘相手にへりくだった態度取るとは……落ちぶれたものだと思ったが……案外悪くない。アークとの関係、しっかり清算しろよ? キャメルお姉ちゃん。
「ああいうヤツは客として来なかったしな」
──ひょっとしたら、あれがスタンダードなのかもな。いいや……すこしずれているか?
「それとこれは友だちに」
──メンソールの一ミリを学生が吸って粋がりやがって。それでも、オマエは唯一無二の盟友だ。メリット。
「なかなか凄惨ないじめ受けているようだが、ずいぶん元気じゃねェか」
──おまえが満足できる世界ってなんだろうな。キャメルが満足できる世界か? 人が良いってのも難儀だな。でも……オマエは尊敬に値するよ、アーク・ロイヤル。
「ルーちゃんって呼んで良い!?」
「ルーちゃん……愛してるよ」
「ルーちゃんはとっても優しい人なんだよ。だって、私のことを見てくれるんだもん」
──クソッタレ。悪りィな……。二回も苦しい思いさせちまった。オレの死でおまえがまた悲しむところを見なくて済むのなら、オレは喜んで死ぬよ。臆病者だと罵倒してくれたって構わねェ。パーラ。




