天に向かって唾を吐き、真っ逆さまに落ちていく
ルーシはこんなときでもボスだ。帝王としての哲学は、いつだって生きている。
剣幕にメントは我を取り戻す。
その最中。
「……メント、ホープ。この状況で特をする連中を考えろ。警察機関が麻痺している状況で……ぐほッ!?」
ルーシはついに吐血した。だが、泣き言はいえない。1番泣きたい者の気持ちに寄り添えば、そんな安易な逃げはできないのだ。
「……スパイどもだ。地下から面倒なヤツらがやってくるぞ。だが、所詮は戦闘能力の弱ェー連中だ。この国に侵入できるのなら、あまり強ェーのは使えねェからな」
「……どうしろって?」ホープは真剣に聞く。
「ヤツらを潰せ。私もメリットも動けねェ。だが、ロスト・エンジェルスは必ず守る。泥舟に乗って死んでいくなんてゴメンだ」
ホープはメントと目をあわせ、この危機的状況を理解する。
ロスト・エンジェルスが危ない。パーラの暴走でMIH学園周辺は不毛の地と化し、上空では天地変動でも起きそうな爆発音と衝撃がつたわってくる。
こんなとき、仮想敵国に囲まれたロスト・エンジェルスの偉大さが試されるのだろう。
「異論ねェな? よし……行ってこい!!」
「いわれなくとも!!」
「ロスト・エンジェルスを死なせはしねえ!!」
ホープにメントが掴まって糸を頼りに、空中浮遊をしながらふたりは内地に潜む敵に向かっていく。
「……猫の手も借りたいんじゃないんですか?」
「アイツらが死んだら誰がパーラの面倒見るんだよ。……親も殺されたアイツを誰が支えるんだッ!!」
ルーシの目の虹彩が紫色へ変化していく。
その気迫に圧され、ヘーラーも挑んでいく。
だが、現実はあまりにも非情であった。
「メリット!!」
ついにメリットを支える魔力が消え去った。彼女はレジ袋のように盛り上がった地面を滑り落ちていく。
「まだ除去できていねェぞ……」
ルーシはうつむき、残り200億に迫ったパーラ浄化の方程式から離れそうになった。
されども、ルーシは諦めない。
(そうだな……怖い? 20000人も殺しておいて怖いことなんてあるか?)
「ははッ……」
紫に染まった目が、妖しく光る。
「ヘーラー。メリットの治療をしろ」
「えっ!? で、でも、このまま止めちゃうんですか?」
「良いからやれ!! こっから先はおれが決める!!」
「は、はいっ!!」
ルーシは首をゴキゴキ鳴らす。
そして空を見上げる。だいぶ小さくなった悪意の塊を見据える。
「もうブレーキは効かねェ。効かねェのなら壊してしまえ。壊したのなら、あとは真っ逆さまに暴走するだけだろ……!!」
天に向かって唾を吐くかのごとく愚かしい行為。主文なんていらない。ルーシはいまこのときをもって、死刑囚となったのだ。
「21世紀最大の怪物、いまここで死に花咲かせてやるよ」
黒い鷲の翼が背中に現れる。ルーシは不敵に笑う。
もう翼で突っつくような真似をしたところで意味がない。ルーシの身体能力を事実上決定する魔力が尽きかけている。
しかし、あと30秒保てば解決する。
「墓荒らしに遭わなさそうで安心だ。おれの死体を見てェクソどもは多いからな」
ルーシは塊へと突っ込んでいった。