”ランクS”アーク・ロイヤルVS”ランクA”キャメル・レイノルズ(*)
──ぼくね、強くてかっこいいキャメルが大好きだよ。
キャメル・レイノルズは目から涙を垂らしながら起床した。
壮麗祭最終日。そんな始まり方だった。
──貴方も私のことを見捨てるの? このまま幼なじみを続けろというの?
アーク・ロイヤルはうなされながら目を覚ます。
壮麗祭最終日。そんな始まり方だった。
*
アークはアロマとともにいた。
「あの厄介なちびっこの対策を思いついたのか?」
髪の先端が青色のアロマはそういって笑う。もう止まれないと壊したブレーキが、いまになって恋しく感じる。
だが、応報は絶対だ。アークはキャメルを無視できない。キャメルはアークがほしくてたまらない。
そんな不器用でかっこ悪い関係が、きょうをもって精算されるか。
「いや……最後には心ごとぶつかるしかない。キャメルに余計な小細工は通用しないんだよ」
「オマエさ、気負いすぎだよ」アロマは悪い目つきでアークを見据え、「あたしらの人生はまだまだ長いぞ? きっと60年も70年もあるはずだ。それなのに、いまここで決断するなんて無駄だとは思わねえか?」
「……そうやって生きてきたから、変えられるわけがない。いつも誰かを助けられる存在になりたくて、その憧れはキャメルだった。キャメルが決断してるんなら、ぼくが無視することなんてできない。焦がれたヒーローに負い目は感じさせない」
苦しんでばかりの人生だ。いつも殴られ続けて、身体の激痛で何度声を殺して泣いていた? もうあのときのアーク・ロイヤルはどこにもいないのならば、それを憧れの存在に伝えなければならない。
「そんな考えだから疲れるんだよ。あたしはオマエが素直に心配だ。いじめられてたときよりひでえ顔してやがるからな。顔色は悪いし、遠くを見てることが増えた。女運がないにも程ってものがあるだろうに」
アロマは先輩として心配し続けていた、アークのことを。この低身長の少年のなかで、キャメルという存在は計り知れないほど大きい。それが足かせになって、いまやアークは身動きがとれていない。
「自分で掴み取った道、それだけさ」
しかし、掴み取った道がこれであるのならば、アークを妨害できる者などどこにもいない。アークはいつも自分で道を選んできた。誰かの所為には絶対にしなかった。不平不満なんて一切こぼさなかった。だからアロマもまた、彼に意見できないのだ。
「……ラスト・バトルであることを信じるよ。神様のいない国なんだから、最後に信じきれるものは自分自身さ」
アークは指を鳴らし、いよいよラスト・バトルへ向かっていく。
きのうの激戦からわずか1日。グラウンドはきれいに整備されていた。
天気は快晴。門出にはぴったりだ。
アークとキャメルは一言もかわさず、所定の位置に立つ。
ボルテージは危険な領域に入っている。
ざわざわした声が消えた。
そのとき、勝負が始まる。
『開始』
正直な話、キャメルはまともに闘ったところで勝機がない。
いまやアークはルーシを超えたランクS。あれだけ恋い焦がれた立場にいる。
だから、キャメルは先手を取るほかない。
「──行かせてもらうわよ」
炎の渦が起きた。アークは微塵も動かない。しかし目つきは真剣そのものだ。
「──どうぞご自由に」
目がちかちかと痛むような魔力が放射された。この魔力はアークのものだ。
そのときには、キャメルの炎はきれいさっぱり消え去っていた。
「……っ!!」
キャメルの顔が焦りに染まる。
勝てない、の言葉がちらつく。
もはや格が違いすぎるとも。
所詮、アークがキャメルの頬を叩けば終わるだけの、そんな茶番劇なのだろう。
「……盛り上がりに欠けるね。そんなもの? 強くてかっこいいキャメルは」
アークは手を広げ、あえて彼女をあおる。
キャメルは奥歯を噛み締め、ありったけの魔力を腕に集め始めた。
感情のおもむくまま集約される悪意。これはキャメルに潜む悪だ。
「私を捨てた貴方になにかいう資格があると思って!?」
「痴情のもつれなんて似合わないなぁ」気の抜けたいい方だ。
「昔はそんな言い方しなかったわよね!? 貴方だけは私を見てくれるんじゃないの!?」
「……現にいま、ここで嫌ってくらい見てるじゃないか」
膨張した魔力が炎に変わり、アークどころか観客をも巻き込む大火事が発生する。火災警報器が鳴り響き、スプリンクラーが作動する。
それでも観客は試合を観続ける。教員の指示なんて聞こえてもいない。
「……その目つきで!?」
「人には限界がある。キャメル、一度失った望みはそう簡単に帰ってこやしない」
アークは魔力の流れを操作し、キャメルの爆炎にそれをぶつける。
奇怪な音とともに、その炎がアークを避けてはるか彼方へと飛んでいく。
アークはじろりとキャメルを見据える。とても、無様なロバでも見るように。
「キャメルはひどい人だ。そりゃぼくだって悪かった。あのとき真意を理解できなかったことは。でも、他人にすべてを投げて全部世話してくださいじゃ、いまのぼくでも無理だし……どんな人でも不可能だよ」
「……それのなにがいけないのよっ!!」
「もうすこし大人になろうよ。この国、成人年齢18歳だよ? あと2年で成人なんだよ? もう子どもみたいに駄々こねてる場合じゃないんだ。夢見る子どものままいるにしては、ずいぶんと責任が多いんだから」
アーク・ロイヤルの狙いはただひとつ。キャメルを説得することだ。この子は決して人の忠告なんて聞かないことをわかっていても、わかりきっていても、暴走したアークを理想に写し込んで現実の彼を無視し続けるような人間であっても、どんな理由を並べたとしても、アークが最後に彼女を救わなくてはならない。
「強者は弱者を守らないとならない。それをやってたはずのキャメルはどこへ行ったの?」
しかし、キャメルにその言葉は届かない。
もう、殺してしまおう。そうすれば楽だ。
殺せないのならば殺してくれ。アークに殺されれば文句はない。
「……うるさい」
キャメルの身体に炎が集まっていく。
「……私が聞きたい言葉はそんなことじゃない」
もはや自爆にも近い。自壊行動を起こしているように。
「……貴方が私の相手をしてくれるかどうか。そして答えは私だけを見てくれると誓うこと。それ以外の答えならいらない。最初から必要ない。きっと、貴方がいなければ、お兄様がいなければ、私はもっと楽だった」
こうなってくると、自爆だ。
キャメルは最後の最後まで、アークの優しさに甘えている。
あのアークならば、必ず自分を救ってくれると。
「…………キャメル。わかりあえない人だっていることも知るべきだ」
「うるさいっ!! そんな歯切れの良い説教で私を止められると思って!? もう引き返せないのよ!! ええ分かってるわよ!! 安いプライドよね!? 天下のMIH学園主席様が男ひとりに振り回されて、その男は私なんて嫌いで仕方ない!! けれど!! ……それがなんだっていうのよ!!」
そのときには、アークはキャメルのもとへ駆け寄っていた。最終的に勝ったのは、幼なじみとしての情だった……と陳腐で安っぽい物語が終わるのだ。
アークは炎の塊と化したキャメルにふれる。魔力の流れを崩すアークのスキル『積木くずし』。しかしそれでも、もう解体できない魔力が動きうねいていた。
観客は言葉を失った。アークが炎のなかに消えていったのだ。帰ってこられないかもしれない地の果てへと、ついきのう成立したばかりの『ランクS』、MIH学園の強さの象徴『ランクS』が、10000人がこがれ続けたアーク・ロイヤルが、いま消え去ろうとしていた。
「誰か!! アークを助けて!!」
それに反応したのは、人の良いことに定評のあるシエスタと、アークと交戦したラークだった。
「ラーク!! おれァアネキを止める!! アークを引っ張り出せ!!」
「了解!!」
夢の果てに向かう少年と少女。
なんと陳腐な話だろうか。全魔力を使い切ったのであろうキャメルは、意識こそ保っていたが、身体はうまく動かない様子だった。
「アネキ!! しっかりしろ!! アークを殺してなにになるんだよ!!」
「殺せてないわよ!! ……そう、死んじゃいないわ」
炎を追い払ったラークは、アークの様子を見る。
かろうじてバリアを貼ったのか、身体へのダメージはなさそうだった。
しかし炎に包まれたことで、酸素欠乏状態なのは間違いない。
「アークくん!? しっかりして!!」
「…………ぅ」
教員たちは救急車を呼んでいた。まさか外傷ではなく身体の内部がやられてしまうとは思ってもいなかったのだ。しかも二酸化炭素中毒。病院でないと治療はできない。
「……アロマ、やっぱりぼくは……キャメルを説得できなかった」
おぼろげな意識で、されど悔しさをにじました表情でアークはそうつぶやく。
「……アーク!!」
苦しみにもだえ、絶望に沈んでいき、片道切符の未来に不安と焦りを覚える。
ラスト・バトルはまだ終わらない。




