正午の希望(*)
ランクB:シエスタVSランクA:ホープ
今大会、別の意味で意味を持つ闘いが始まる。
シエスタは身体をストレッチさせ、準備ができているようだった。
ホープは空を仰ぎ、この無神論国家では珍しく十字架を切った。
「神とともにあらんことを。神よ、迷えるワタクを救いたまえ」
シエスタは返事をしなかった。
この闘い、当人たちは本気であることを前面に押し出している。本気でやらないのならば意味がないのだ。
観客席のボルテージはマックス。1年間の間学校へ姿を現さなかった幻のランクAととても希少な電気制御系統のスキルを持つランクBの対峙となれば、ドラマ性も見世物としての迫力も十二分だ。
所定の位置にふたりが立つ。
コングが鳴らされた。
刹那、観客たちは身の毛がよだつような感覚に襲われた。
これが、ランクAとランクB最高峰。
蒼い糸のような物質が孤を描いて、採点競技のように美しく飛んでいく。
電流が発生し、糸を輝かせる。
「……っ」
先にダメージを食らったのは、ホープのほうだった。
ひさびさの魔力解放に、電流が感電したことによる肉体へのダメージ。どちらとも些事だが、いまのホープにとっては致命打にもなりかねない。
「それでも……っ」
ホープは、糸で蜘蛛のようにグラウンドの飾り付けへ張り付く。
そして、手からその蒼い糸を放射した。
「負けらんないっ!! 負けらんないんだよ、シエスタっ!!」
シエスタは怪訝に思う。最前の繰り返しではないかと。
だが、ホープの狙いは油断させることであった。
「うォッ!!?」
後方不注意。シエスタの足は引っ張られ、地面を這いつくばる羽目になった。
そのままホープはシエスタを操作で体力切れを起こさせるべく動かし続ける。
このとき、ふたりに一切の出来心はなかった。ただ、目の前の敵を倒すだけだ。
「さすがはランクAだなッ!!」
「だから言ったでしょ!! うちはランクAなんだから見くびってもらっちゃ困るってね!!」
「でもよォ! オマエはあと何分持つんだ!?」
「……っ!!」
「もともとの魔力がそう多くねェはずだ! こっちはバカだけど、相手の研究くらい怠ってないぜ!?」
たしかに、こんな攻撃いつまでも続くとは思えない。糸の大群を動かすのだって魔力が必要なのだ。いまはシエスタを思いのまま操れているが、続けられるのは残り1分もない。
「そしておれァ電気だ!! 意味わかるか!!」
すこし会話し、普段のホープの弱々しい声を聞けずにいたシエスタは、されど彼女の声で致命になる攻撃は起こさないことを決める。
「あと3秒、2、1……」
その頃、アークは治療を受けながら、勝負の行く末を知る。
「ありがとよ、ホープ。オマエがそんな顔してさ、おれ嬉しいよ」
シエスタはニコリと笑う。
刹那、電流がすべての糸に流れ始めた。
殺傷性はない。ただしその速度はホープが糸を手放す前に全開となる。
いわばテーザーガンのように、ホープの筋肉が揺れて、彼女はばたりと落ちていった。
ホープは治療を受けている。さほどダメージは喰らっていない。おそらく、シエスタが加減したのだろう。
「……ルーシ」
「やあ」
ルーシがホープの隣に座る。シエスタはいまだ姿を現さない。
紙巻きタバコを咥えるルーシ。その幼女は楽しそうにホープの目を見据える。
「良い勝負だった。ランクAの意地、見せてもらったぜ?」
「昔だったらもっとできたよ。それでもシエスタには勝てなかったと思うけど」
ホープの表情がどこか清々しい。久しぶりに魔力を解放し、なにか体調が整ったのかもしれない。
ルーシはそんなホープを見て、満足したようだった。
「ルーシは次、誰と闘うの?」
「事実上、アークだな」
「アーク……」
「知らねェのか?」
「知らない」
「1年と半年くらい学校行っていねェのなら、無理もないな」
ホープはずっと不登校だった、という。この繊細な少女が耐えきれないほどのなにかがあったのだろう。ルーシはそれを聞こうとはしない。いつか、自分の言葉でシエスタやパーラにでも話すだろう。
「うちね、父ちゃんと母ちゃんが死んじゃったんだ」
と思っていたが、その考えは外れたようだ。ルーシはさして慌てることもない。
「最近、シエスタから聞いた。この国じゃ珍しい、西方教会を信じる人たちだった」
「だからお祈りしたのか?」
「神様なんて信じがたいけど、父ちゃんと母ちゃんは信じられるからね」
死んだ者は蘇らない。輪廻転生があるとしても、この世界へは決して戻ってくることはできない。ルーシが21世紀日本へ戻れないように。
「ま、ちょっと憑き物が晴れた顔になってくれて嬉しいよ」
「ありがとう」
「感謝されることを言ったわけじゃないが?」
「パーラちゃんもルーシも感謝しきれないくらいだから。シエスタと同じくらいに」
純朴な子だ。へそ曲がりな連中とはまるで違う。素直に率直な好意を伝えることがどれほど難しいことか。
そこにシエスタが現れた。
彼は開口1番いう。
「ホープ。やっぱりおれ、オマエのこと大好きだよ」
ホープの顔が真っ赤っ赤になって、ルーシは横を向いてニヤつく。
「最初はさ、同情からオマエを助けたかっただけだった。あんな運命に立たされて、それでも無責任な神がなんもしてくれねェから、人としてオマエを無視するなんてことできなかった」
シエスタは懺悔するように語っていく。
「でもさ……。やっぱり好きだよ。誰よりも弱いのに、誰よりも強く優しいホープが好きなんだよ」
「シエスタ、コンドームはつけておけよ? いまのホープじゃ赤ちゃんは産めねェだろうからな?」
ルーシは下品な冗談を言って、ホープが赤面のあまり気絶しないように調整した。
「けッ……。10歳児がいうジョークじゃねェだろ、ルーシ」
「まあな。さて、邪魔者は去ろうかね。角砂糖をそのまま食べるかのような純愛、まさしく青春だ」
ルーシは去っていった。
ホープとシエスタはすこし目をあわせ、照れた顔をして、ついにシエスタがホープを抱きしめた。