"蒼き糸の愛され者"ホープ
青髪をロングにしていて、顔立ちはどちらかというとアジア系に近いように見える、白人の少女がいた。
壮麗祭が一般開放されているのならば、大人向けに酒が売られていてもおかしな話ではない。そもそもロスト・エンジェルスは18歳が成人年齢となるため、三学年の連中ならばビールを飲むことも可能である。なのでビールや度数の軽いカクテルなどが学校で売られているのは、この国では普遍的なことなのだろう。
しかし、その少女の様子が変だ。なにか嫌なことを思い出したかのような、いまにも気絶してしまいそうな表情でその売場の前へ立っている。
「愛と平和の守護神としては放っておけねェな」
ルーシは彼女に近づき、肩を叩く。
「あひっっぃ!? ごめんなさい!!」
「落ち着け。私は10歳のガキだ」
「え、え、シエスタ、助けて……」
「シエスタ? どこかで聞いたような……パーラ、知っている?」
「MIHで1番優しい人たちが集まる派閥のトップだよ~。シエスタくんはマジで人気者! 人格者だしね!」
「んじゃ、コイツいじめられているの?」
「んー……。だってその子、ランクAだよ?」
「1番上じゃねェか。ならいじめられているわけねェな。名前は?」
「ホープちゃん! 希望って意味でしょ!? 良いよね~!」
ホープはどんどん表情から生気がなくなっていく。なにかの発作だろうか。
そのうち泡でも吹きながら倒れそうだと感じたルーシは、おそらく酒へなにかしらのトラウマを持っていると考え、小柄なホープに肩を貸す。
「シエスタってヤツ、探しに行くぞ」
「あひゃ、あ……うち、大丈夫なんで……」
「なにがどう大丈夫なんだい? ほら、肩貸してやるから、行こうぜ」
「え、あの、すみません……」
「ルーちゃん、まじかっけえ……」
(随分軽いな。身長は平均並みだが、体重は見た目以上に軽い。押したら骨がバラバラになりそうなくらいだ)
「シエスタってヤツはどんな見た目だい?」
「え、あ……」
「アルビノだよー。めっちゃガタイ良いんだよね!」
「あ、ひゃい……」
コミュニケーションが苦手なようだ。いや、苦手という次元を超えている。パーラのような親しみやすい性格をした子にもこの態度で、ルーシのような10歳の子どもにも怯えている。その性格は、おそらく後天的なものだとは推測できる。彼女なりに闇を抱えているのは、彼女の目つきを見れば明らかだからだ。
「そんな緊張するなよ。パーラは良い子だぞ? あの社会不適合者どもとは違って。もちろん、私ほど暖かい人間はいないけどな?」
幼女に肩を貸されてその場から立ち去る、学生魔術師のなかでも屈指の実力者は、そんな冗談にも怯えていた。
「……ッたく、シエスタって野郎はどこにいるんだよ」
案外ルーシはこういう人間が苦手だ。昔の自分を重ねてしまうからだ。なににたいしても恐怖を覚えていた、あの男娼時代を思い出してしまう。
「あ、あ、あ、の……シエスタに電話かけてもよろしいでしょうか?」
(最初からそうしろよ)
「構わんぞ」
ホープは指を思い切り震わせながら、なんとかシエスタへ電話をかけた。
そうすれば、シエスタはわりと近くにいたようで、携帯を持ちながらこちらへ向かってきた。
「おお! 大丈夫か? ホープ」
「うん……親切な人がいたから」
「マジ? コイツら?」
「……うん」
「だったらよ、コイツらと友だちになれよ」
「……え?」
「女子なのに女子の友だちいねェの寂しいだろ? 正直なところよ」
「ま、まあ……」
「おれァ女の友情なんて分かんねェから偉そうなこといえねェけど、このガキはともかく、パーラはマジで良い子だぜ?」
パーラとシエスタは面識があるらしい。そして良い子だともわかっているという。
「ま、頭は弱ェとこあっけど、言い換えれば裏表がないってことだし」
「頭が弱いなんてひどいなー! 私獣人だよ?」
「だってオマエおれより成績悪いじゃん」
「う。たしかに……」
「とにかく、パーラとは仲良くしても良いんじゃねェか? それはオマエが決めることだけど」シエスタはルーシをにらみ、「でも、コイツはちょっとやべーところあるからな。なァ?」
見抜かれている。当然だろう。MIHの有力な派閥の頂点にいる者が、ルーシという幼女入学以来起きた出来事を知らないわけがない。
されど、ルーシは悪びれもしない。
「なんのことだかさっぱりだ。私がやばい? それはキャメルお姉ちゃんがいるから? それともクール・レイノルズの娘だからか?」
「とぼけるなよ。証拠がなきゃ嫌疑をかけられることがねェってことくらい分かってるだろうが」
「火のないところに煙は立たないってか? それこそ欺瞞だ。私はなにもやっていないし、これからもなにかをすることはない」
嘘をつくとき、男性は目をそらして女性は目をあわせるという。
ルーシは生粋の詐欺師である以上、その傾向を理解していた。しかしいまのルーシは10歳の幼女。なので、声質をうまく操るのだ。操り、人を欺くのだ。
そう、騙す相手はシエスタではない。関係を継続させたいパーラだ。
「……ルーちゃんに変な噂があるのは知ってる。でも、関わっててそんな人だとは一切思わなかった。人を噂だけで判断しちゃダメだよ」
偉大な魔術師は偉大な詐欺師。そんな言葉を遺した独裁者がいたという。そういう観念から見れば、間違いなくルーシは偉大な魔術師であった。
「そりゃそうだけど……」
それでも、シエスタの疑念は晴れない。ルーシが正しい人間である、というのは、ある種の洗脳にも近い感覚でもあると感じているのだ。
「まァ、私が正しいかどうかなんてどうでも良いだろ? 別に反目ってわけでもないんだ。仲が良いことに越したことはねェし、仲が悪くなる理由もない。それに、ホープを守りたいのなら、最終的にはオマエへ依存しきらずに、女性の社会へと戻っていったほうが良いとも思っているはずだ」
「そりゃそうだ。女の世界なんて分かんねェけど、友だち作らなきゃ人生がめちゃくちゃ寂しいからな」
「だったらパーラは適任だろ?」
よくよく考えてみると、ルーシはシエスタの考えに同調しているだけだ。ホープの過去を知るシエスタは、彼女の人生が狂った巨大な要因として、交友関係がうまくいかなかったことを分かっている。なので、最初はパーラのようなおしゃべりで友だちを思いやれる子とスタートラインを切ってほしいのだ。
しかし、それこそ欺瞞にも繋がりかねない。ホープとパーラがしっかり友だちになれるかは、当人たち次第だからだ。シエスタが常にレールを敷ければ問題ないとも考えられるが、常時それが続くという確証はどこにもない。よって、形にはめられたのはシエスタなのだ。自分の考えを見透かされ、その優しさが本当にホープのためになるのか無理やり考えさせられているのだ。
「どうした? 随分悩んでいるようだが?」
「……おれはホープのアニキでも親でもねェのに、こうやって交友関係まで決めて良いのかなって」
(優しいヤツだ。ここまで他人のことを考えるヤツ、そうはいない)
「そうかい?」
ホープとパーラはいつの間にかいなくなっていた。彼女たちは壮麗祭に合わせた出し物で遊び回っているのだ。
「シエスタ。私は打算だらけの人間だが、それでもパーラのことは大切に想っている。考え方が違うだけで、互いに相手のことを心配していることには変わらねェんだよ。だが、当人たちは案外私たちの思惑なんて超えて仲良くなれるかもしれんぞ?」
いびつだった笑顔が、すこしずつ柔らかいものへと変わっていくホープを見て、シエスタが安堵したのも事実だった。