クソガキの思い通り
それが約束なのだから守る義務があり、金が絡んでいるのならばなおさらだというのはわかっている。
結局、35000メニーも借りてしまった。あのクソガキがいうように、まともな方法で返そうとしたら、ポルノビデオで女優をする羽目になる。別に家が貧乏というわけではないが、そう安々と出せる金額でもない。
そんなわけで、メリットは渋々といった感じで、『クソガキ』と記された相手へメッセージを送った。
「はやっ」
5秒もしないうちに返信が来た。よほど暇なのだろう。
『良い廃工場を知っている。住所は送るから、速攻で来い』
「だるっ」
というわけで散歩だ。たまには外の雰囲気にふれるのも悪いことではないだろう。
「帰りたい」
その思いは3秒で消えた。普段はもうすこし保つ。もともと家が大好きな人間だが、それでも1分くらいは保つ。
3秒でその気持ちが失せたのは、肩を叩かれたからだった。
「じゃーん。バージニア・エスだ」
なんとも気の抜けた口調である。
「出た。厄介事」
「幽霊かなにかみたいにいうなよ~。おれたち付き合ってるようなもんじゃん?」
「だったら金返して」
「えー、むしろ借りてェくらいなんだけど」
「負けた?」
「完敗でした。慰謝料10000メニーだってよ」
「それだけなんだ」感心するほどだ。
「そんなわけで金策探してるのよ。手頃なM女知らね? いや、ソイツと男優女優やって返済しようかなって」
さっさと眼中から消え去ってほしいメリットは、適当だと思われる方便をいう。
「何人かは」
「マジ? あー、でもおれら付き合ってるからな。サービスマンがサービス相手を不快にさせちゃいけねェ」
「デタラメは10000回並べてもデタラメ」
「そうかい?」
どうして厄介な人間というのは、メリットのもとへ集まりたがるのだろう。別に集めようと意図しているわけでもないし、逆に避けようとすら思っている。なのに集結してくるのだ。
「うお、巷で噂のやべー幼女じゃん」
「そうだ。よく知っているな。勤勉なのは良いことだ」
「つか、色々突っ込みてェんだけども、まず声の質が10才児じゃねェ。やべーっていわれる理由わかったわ」
ルーシ・スターリングはそんな言葉を意図的に無視し、バージニアの目をじろりと見つめながら、
「なァ。さきほど話していたが、金策に困っているのかい?」
商売人らしい表情でバージニアへろくでもないことを示唆しようとしているようだった。
バージニアは「おお……」とだけいった。
「金は天下の周りものだ。みんなで分け合わなきゃならねェときも確かにある。そこでだ、このよくわからん幼女が素晴らしい提案をしてやろう」
「……どうせクソみたいな内容」
「おいおい、人聞き悪リィな!!」ルーシは笑い、「人道的支援だ。負債者みてーなヤツを1匹回すから、その代金として10万メニーの支援ができるって話だよ」
「10万メニー!? そりゃすげェけど、負債者ってなんだよ?」
「厄介事でしょ。きっと、犯罪履歴のあるヤツを押し付けようとしてる」
「いや?」ルーシはきょとんとした、幼女らしい顔になった。
「じゃあどんな存在? アンタみたいな人殺しが──」
「メリット。ひとつ訂正しろ。私は人殺しではない。だいたい、人を殺したヤツがニコニコしながら高校なんて通えるわけない、だろ?」
まるで意味合いのない、茶番のような確認作業である。このクソガキが何人殺してきたのかは知らないが、発覚した瞬間死刑が適用される程度には殺めてきたのだろう。
「というわけで、バージニア。詳しい話を詰めようか」
「んん? なんかメリットの話聞いてると、オマエ危なそうだぞ? もう訴訟されるのは嫌だからな?」
「1回見たほうがわかりやすいだろう。ほら」
ルーシはゴミ捨て場を指差す。
「あの粗大ごみに埋まっている生ゴミの最終処理場になってくれるのなら、10万メニーとはいわずさらなる支援を約束しよう。私の苦しみを分かち合ってくれるのなら、オマエの苦しみを分かち合うのが人道だ」
そのピンク色の髪色をした、不潔という領域などとうの昔に超えているであろう存在はこちらに向かってきた。
メリットはたまらず鼻をつまむ。なにをどうしたらここまで不愉快なニオイになるのだろうか。煙草のニオイが芳香剤に感じるほどである。
「くっさ!! なにコイツ? 病気持ち?」
「ああ」
「ルーシさん! 私は病気ではないですよ!?」
「と主張しているが、これを見て病気だと思わないことこそが病気だ。条件はただひとつ。殺すな。犯罪履歴はない。抱えていても、捕まることはありえない。そして一応処女らしい。どう思う? バージニア・エス」
「最強に最高で最大な挑戦行為じゃん? コイツを更生させれば、おれってマジ死角なくね? 乗ったわその話!」
ルーシはすべての憑き物が晴れたような、そのままスキップをはじめてミュージカルでもはじめるような顔と態度で、キャッシュカードを取り出す。
「え、えっと? ルーシさん。話が飲み込めないんですけれど?」
「ああ、私はオマエのことが大嫌いで、死んでほしいと心の底から思っている。なので、これ以上一緒にいることは私にとってなにひとつ良いことがない。というわけで、オマエはこのナイスガイと一緒に暮らせ。そうだな、窒息プレイとかも捨てたものじゃないぞ?」
つまり、ルーシのなかではもう終わった話ということである。
「え? あの?」
「バージニア。キャッシュカードだ」
「うひょー!! 借金返済だー!」
「バカげてる……」
しかし、助ける道理がないのも事実だ。メリットはそのよくわからない女を無視し、ルーシとともに廃工場へと向かう。
「それで? なに入れたんだい?」
「まだ彫ってるところ。まあ……身体中タトゥーだらけにはなる」
「裏社会の連中に狙わねェようにな? いくらこの国が甘めェからと、それにたいして驕りを覚えちゃダメだ」
「分かってる。スターリング工業のCEOさん」
「情報ってのは足が速いな。だが、ひとつ訂正しろ。私は代表取締役社長だ」
「それを直して意味あるの?」
「あるさ」ルーシは紙巻煙草をメリットへ差し出し、「肩書は重要だ。健全な企業のトップとして、そういったところはしっかりしねェとな?」
メリットは鼻でふっと笑い、
「意味わかんない」
そう返した。
*
「アニキ、リストアップは済みました」
「おお、お疲れちゃん」
クール・レイノルズとポールモールは、クールの散らかった家のなかで密談をしていた。
とはいえ、今回ばかりは裏社会との関係性はすくない。単純にクールがポールモールに命じて、半ば趣味のように情報収集させただけだったりする。
「こう見ると、小粒揃いだなぁ」
「アニキがいたときと比べたら、いまの子たちがあまりにもかわいそうだ」
「まーな。姉弟とキャメル、アークあたりが優勝候補かね」
「おもしろい生徒もいましたが。メリットという生徒と、ラーク、ホープあたりの女子生徒ですね。男子なら、シエスタというのがなかなかおもしろそうだと」
「“悪魔の片鱗”を持っているアークと、おれをぶっ飛ばした姉弟が有利なのは揺るがねェだろ?」
「それでも、ここらへんの生徒はたいした力を持ってるかと」
「どれどれ……」
クールはそれぞれの詳細を見て、なにやら愉快なことを見つけたのか、ポールモールへ言う。
「なあ。ことしの壮麗祭は学校創立100周年なんだろ?」
「そうですね」
「だったらおれが出ねェわけにはいかねェな。開幕演説はおれがしてやるって、MIHのお偉方に掛け合ってくれ」
面食らったような顔つきになったポールモールは、しかし冷静にメモを残しておく。
「わかりました。それと、サクラ・ファミリーのことですが……」
「ああ、雅のアホが引退したんだろ? 姉弟もエグい手使うよな~。おれらもあんな目にあうのかね?」
「ルーシはそんな愚かな人間ではないでしょう。使えるものは全部使うのがヤツの考え方に思えますが」
「まあ……楽しく生きようじゃねェか。いずれにせよ、おれらがやることは変わらねェしな? ポーちゃん」
クールはベッドに座り、
「雅の外道はクスリでよれて自殺、という絵だな」
事実上の殺人命令を飛ばした。




