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もしも最強の無法者が銀髪碧眼幼女になったら  作者: 東山ルイ
第三幕 すべての陰謀を終わらせる陰謀、壮麗祭
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生(なま)の感情

 キャメルは追い込みを行っていた。

 壮麗祭開幕まで前日となったいま、2年連続優勝を唯一の目標に掲げる幼児体型の少女は、手応えを感じ取れていなかった。


「1年生にも並々ならぬ大物がいるわ……。ルーシちゃんとラーク。特にルーシちゃんはお兄様の娘。あの子へ勝つためには……」


 クールの娘というだけで驚異扱いされる。当然、キャメルもそれを理解している。

 同学年や上級生への対策はすでに用意してあるが、一度切りの闘いではなにがあるかわかったものではない。

 なので、キャメルにはさらなる強化が必要だ。


「やっぱり実力が近しい者で試すのが良さそうね。ピアニッシモちゃんはまず来ない。ルーシちゃんもなんだかんだ来ない。だったら……」


 キャメルは誰かに電話をかける。


「もしもし──」

『アネキ!! この前はありがとな!! 壮麗祭前の練習台がいるんだろ!? だったらおれとホープがそっちへ出向くよ!』

『ちょ、ちょっと……うち、出向くなんて一言も……』

『リハビリだよ、ホープ。特例使って壮麗祭は全休とれば良いんだから、オマエはおれとアネキが闘ってるところ見てりゃ良いさ。というわけで、向かうぜアネキ!!』


 電話が切られ、キャメルは一息つくためにカフェラテを飲む。


「シエスタはホープちゃんのために奔走してたみたいだし、やっぱり恋愛感情があるのかしら?」


 身体中が汗まみれなのに気がつく。使用人へ風呂の用意を命じて、キャメルはトレーニングウェアに染み付いた汗を憎たらしく見つめる。


「まったく、炎系の魔術師ってのも難儀ね。近くで炎が起きていれば、汗をかかないわけがない。まあ……いつかお兄様を越す私としては、そんなこと些事なんだけれど」


 戦闘用BOTが置かれている、殺風景なトレーニングルームから出ていくと、キャメルは一旦邸宅へと戻っていく。


「キャメルお嬢様。お風呂の準備ができました」

「ええ、ありがとう」

「クール様はやはり消息不明です。お嬢様」

「あっさり次の壮麗祭で現れるんじゃない? 100周年記念大会だし、ルーシちゃんの保護者でもあるし」

「では、追跡はおやめにしますか?」

「それは続けてちょうだい。兄妹なのにいつでも会えないなんておかしいもの」

「承知です」


 キャメル・レイノルズは、満場一致で名門家を継ぐにふさわしい少女だ。家族からも使用人からも親族からも、キャメルの人気と評価は高い。

 しかし本来ならば、その席に座っていたのはクール・レイノルズである。クールはレイノルズ家の長男だからだ。そんなクールが蒸発した所為で、他の家に嫁として出される予定だったキャメルに順番が回ってきたという見方もできる。それだけキャメルとクールの実力は乖離しているのだから。

 されど、キャメルのクールへの想いは歪んでいた。


「……誰もいないわよね?」


 全裸になって、どうやって手に入れたのかもわからない道具を使い、キャメルは自身の怠惰をぶつけた。

 時間にして20分。キャメルはその場に寝転がり、なんとも満たされていないような顔で天井を見つめる。


「お兄様は私を見ててくれるの? お兄様は私を見捨てているの?」

 

 空虚な言葉だけが転がっていた。

 それでも、キャメルはMIH学園主席としての責務を果たさなくてはならない。

 キャメルは服を着て風呂へ向かっていく。


 *


「アーク、やはりオマエは良いヤツだなァ」

「ポールモールさんの恩を仇で返すわけにはいかないしね……」

「そういう考えは大切だ。おかげさまで魔力供給がされて、身体が自由に動くんだからな!」


 MIH学園の広大な芝生の近くで、アークとルーシは話し込んでいた。

 魔力を渡す方法は至って簡単だ。ルーシの手に触れれば良いのだ。ポールモールいわくかなり体力を消耗するらしいが、アークにそういった症状は現れなかった。


「そういえば、パーラとは会ってないの?」

「まーな」

「恋人じゃないの?」

「心の傷はそう簡単に癒えない。母が強姦され殺され、父は惨殺され、自分自身も強姦されて瀕死になった。いま、私と会うことはアイツにとってよくねェ」

「ルーシはまったく愛を信じてないね」

「あ?」怪訝そうな顔だった。

「いや、ぼくだって愛なんて信じてない。最後に勝るのは、そんなものではないと思ってる。でも、慰めることくらいはできるでしょ? お得意の詭弁で」

「弱った人間に、詭弁は届かねェものさ」


 ルーシは水を飲み、煙草に火をつけようとする。


「でも、メントさんが言ってたよ? パーラはいますぐにでもルーシに抱きしめられたいって」

「オマエら、絡みあったっけ?」

「ぼくが入院した理由知らないの?」

「アイツもなかなかのヤクネタだな」火をつけた。


 10歳の銀髪碧眼少女が煙草を吸う姿は、どうしても異様だ。しかも手慣れている。咥えてから火をつけるまで、一切の無駄がない。


「まあ……オマエだからいうが、迷っているんだ。パーラを傷つけたくねェからな」

「キミみたいな人間が、人を傷つけたくないって考えるのがおかしな話と思うけどね」

「それは私の本質を知らねェってことさ」

「本質、ねぇ」


 ルーシは遠くを見据え、煙草を吸いながら語っていく。


「大半の人間は金を運んでくる働きアリにしか過ぎない。働きアリなんてそこらへんから生えてくる。だからか、私は他人へ興味を抱くことは少ねェ。使える人間は働きアリから昇格できるが、それはビジネスパートナーといったほうが正しいな。だが……」


 煙草を携帯灰皿へ捨てて、ルーシは再び水を飲む。


「この学校にいる腑抜けたガキどもを見ているうちに、私自身も腑抜けちまったのかもな。1回抱いただけの女のために、命捨てることなんていままで考えたこともなかった。素晴らしいじゃねェか。ようやくこのくだらねェ命の使い方がわかってきたんだ。金や権力、途方も無い野望にくれていた頃から、すこしばかり成長したのかもな。だから、いまが楽しくて仕方ねェんだ。パーラを本気で愛していることも、連中とくだらん話をすることも、オマエと本音でぶつかり合うこともな」

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