ここが正念場(*)
「……!!」
「無邪気に行ったか? 目の上のたんこぶを潰すために行ったか? だけど、もう良いよ。なんだかさ、わかったんだ。オマエらがやったようなことやれば、あたしすらオマエらと同じ土俵に立ってしまうってさ」メントは顔が腫れきった少女たちを一瞥し、「……っていうとでも思った?」
けらけらと気が狂ったように笑い、その横にいるメリットすら若干メントから距離を置いた。
「いうわけねーだろバーカ!! 死ぬよりも辛れえ目にあってる親友がいるんだ!! てめえら死ねると思うなよ!? 楽な道とれると思うなよ!? あぁ!?」
メリットは思わずメントの肩を叩き、
「そこまでで良いでしょ……。あの落ちこぼれだって悲しむ」
なんとか静止しようとする。
「あぁ!? てめえになにがわかんだよ!? 歯を1本1本抜いてっても許せねえ外道どもをどうやって許せってんだ──」
メリットは率直に思う。友情とはなんとチープなものかと。
メントだって愚かではない。自分のために親友が外道の道へ堕ちていくのを見て、あの子はただ悲しむだけしかできないことくらいわかっている。この短い付き合いのなかでも、それだけは確かなのだ。
しかしもはや、メントの目の前にパーラが現れようと、彼女の怒りは収まらない。いや、むしろ悪化するかもしれない。それはメントがパーラを思い合っているからだ。思いやりとは、こうも弱いものなのだ。
では、誰がこの場を手打ちにする?
「あー、やっぱりここも落ち着くなぁ。でも妙に人がいないや。なんでだろ」
金髪。長髪。中性的。低い身長。声変わりすらしていない。制服はやや大きい。
あのとき、カラオケで真っ先に酔いつぶれていた少年だ。
「……あれ? メントさん? んでメリットさん?」
メリットは真っ先に彼へ近づき、耳打ちをする。
「アンタ、この修羅場わかんないの!?」
「わかってるよ」即答し、「メントさんが後輩詰めてるんでしょ? でも、この人はいじめとかする人じゃない。なら、誰かがやられた報復ってところかな? それこそ親友とか。でも、これじゃいじめよりひどいや」
少年はメリットをそれとなくどかし、メントの眼中へ自ら入る。
「やぁ。わりと最近会ったよね」
場をわきまえない挨拶をして、メントの出方を伺っているようだった。
「……あぁ?」
メントの目は血走っていた。危険であるのは誰にでもわかる。
「あれ? 忘れちゃった? アークだよ? ねぇねぇ、男の子っぽい髪型聞きたいんだけどさ。ボクの顔に合うような髪型ね。LTAS流行りの髪型だと、いまひとつ似合わなそうでさ」
「……状況、わかってんのか?」
「分かってるさ。そして……」
アークは首をゴキゴキ鳴らし、ひと通りの準備運動をした。
「こんなところで落ちぶれちゃいけない人だってことも分かってる。だからボクがキミを止める」
なんとも優しい顔、悪くいってしまえば締まりのない顔をしていたアークが、このときばかりなのか、精悍な顔立ちになった。
「はっ! なにをいい出すかと思ったら……ランクDがあたしを止めるだと!? つまんねえ冗談言ってんじゃねえ!!」
メントの攻撃だ。最前とは違う、殺意しか込められていない本気の一撃である。
その矢印を、アークは手で触れてそらした。
「……!?」
「憤怒に染まった顔は似合わないよ。暴力で物事を解決するのもね」
それを見たメリットは、くしゃくしゃな煙草を取り出して、
「随分くどき上手で」
火をつけるのだった。
*
「ルーシちゃん!? 本当なの!?」
「……くだらない嘘はつきませんよ! キャメルお姉ちゃん」
ふたりの少女が走っていた。風の強い日だ。スカートだってめくれるが、そんなことは些事に過ぎない。
目的地はただのひとつ。「レイノルズ家」が所有する病院である。
「お兄様──お父様への連絡は!?」
「そんなまどろっこしいことしている場合ですか? あとでも良いでしょう!?」
「そうはいったって……もう10分も保たないかもしれないって連絡あったんでしょう!?」
「それとお父様になんの関係があるんですか!? 自分のエゴを最優先するんだったら、もう着いてこなくて良いですよ! こっちは友だちが死にそうなんだ!!」
「関係あるわよ!!」キャメルもルーシに負けないほどの怒号で、「あの病院は一応お兄様所有になっているのよ!? いま全力で走って着くのが3分くらいだとして、残った7分を使ってパーラちゃんをたとえ植物状態だとしても助けたいのなら、お兄様がお医者様に命令して最新のLTAS技術を引っ張り出すしかないじゃない!!」
キャメルのいったことはもっともなことであった。クールもレイノルズ家の一員であり、彼ほどの有能をなんの手立ても打たずに逃すのはもったいないと彼の親は判断したのだろう。なので、パーラがいる病院はクールが所有者となっている。
つまり、同じレイノルズ家の子息でも、キャメルだけではできないことがあるかもしれないのだ。
「……手立てならひとつだけあります。だから、魔力を温存しているんです」
「な、なによ、それ? ルーシちゃんのスキルが関係するわけなの?」
「いや……私にできることを全部やるってことですよ!!」
ルーシのスキル──超能力を使えば、病院まで一瞬で飛んでいける。当然キャメルも運べる。
だが、ルーシの計画では、それはできない。仮にそれを行い、魔力や超能力や体力を消耗してしまったら、パーラは助からないのだ。
だから、ルーシは走る。あれだけ傲岸不遜に人を踏みにじってきた少年は、いつの間にか幼女となって、そして……。
「はあ、はあ……」
キャメルは激しい息切れを起こしていた。彼女は運動音痴というわけでなく、しばしば身体を動かしているのを見ているので、ルーシの突然の願いへ従う形で本気になって走ったのだろう。
だが、ルーシは息切れひとつ起こさず、にこやかな表情で、キャメルへ告げる。
「遺言書です。必ずお父様に渡してください」
キャメルの顔が真っ青になった。