神なんざ……
当たり前といえば当たり前の話である。ルーシは学校など小学校中退で終わっているが、女子のいじめが陰湿かつ不気味なものであることくらいわかる。そしてそれは、パーラの表情からも推察できる。
「そりゃ難しい話だな。いじめがこの世からなくなることなんてありえねェが……結局フランマ・シスターズは役立たずってことなんだろ?」
「ものすごく悪い言い方をすると、そうなるね……」
「じゃあ他は? キャメルお姉ちゃんから5大派閥ってのは聞いていたが、残りの4つが気になるな」
「……序列があるんだ」
「序列?」
「フランマ・シスターズは当然第1位。さっきいったように、キャメルちゃんがトップだからね。その次が……正直言いたくないんだけど」
「言いたくねェんならいわなくて良いぞ? 無理強いはしない」
パーラは手で顔を隠し、どこか泣いている子どものように、
「序列第2位。ウィンストン・ファミリーっていうのがあるんだ……。トップはMIH次席のウィンストン先輩。この人たちは……裏社会ともつながりがあるらしくて、上位層に上納金を収めないとファミリーから追放されるから、頻繁に生徒を恐喝してるんだ」
うつろげな声でいう。
「そりゃ厄介だな。と、いうことは? 恐喝されたことがあると?」
パーラは富裕層のひとりだ。MIH学園に入ることができる時点で、それは確定である。
「……何回かは」
「いくらだ?」
「5000メニーくらい……」
「よし、あとで倍にして回収してやるよ」ルーシはあっさり約束した。
「そんなことしなくて良いよ……。ルーちゃんに危険なことをさせたくないし……」
「危険? 下端どもから奪うくらい楽勝だろ?」
「あのね……」パーラは再び恐怖を覚えたのかルーシに抱きつき、「ウィンストン・ファミリーの構成員は300人を超えてるんだ……。正直、こうやって声にするのも怖い」
ルーシはパーラの頭を撫でる。猫耳を触られると気が楽になるらしく、パーラはすこしだけ落ち着いた表情になった。
「だからなんだってんだ? 私が負けて裏ビデオに売られるとでも? 大丈夫だ。私を信じろ。信じられるのは私だけってことを信じろ」
ルーシのいったことはまったくのデタラメではない。すでにランクB程度ならばたいして体力を使うこともなく、あのアホ天使が混ぜてしまった『銀鷲の翼』でも充分だろう。ウィンストン・ファミリーだか他の派閥だか知らないが、100人単位で挑んでも傷ひとつつけられなかったルーシのことは、もはや恐怖の象徴的な存在になっているのは間違いないのだ。
「ルーちゃんを、信じる……?」
「ああ、そうだ。信じろ。この国に神はいねェ。だが人はいる。神なんざ人の妄想だ。だから人を信じるんだ。だいたい、ランクDから金奪うってい発想が気に入らねェ。どうせならもっと強ェヤツから奪うのが楽しいのであって──」
そこまでいっておいて、ルーシはじぶんのいっていることが失言であることに気がついた。パーラのことを守ろうとしているようにいっているように見え、結局自分が好き放題暴れるために、方弁を並べているだけだということに気がついたのだ。
だが、パーラにそれを見抜く力があるとも思えなかった。
「ほ、本当?」
「……本当さ。5000メニーだろ? 利息もつけて10000メニー奪ってきてやるよ」
「でも……ルーちゃんが傷つくとかなんか見たくないよ……」
「私を舐めるな。学校行くぞ。授業なんか受けなく良い。どうせ私のランク的に、授業なんざ受けなくともなにもいわれねェだろ」
*
ルーシとパーラは学校前まで来ていた。そのホテルは学校とそう離れた場所ではなかったので、一応は遅刻する直前に着いたことになる。
「よっしゃ。片っ端から回収していくぞ。パーラ、ウィンストン・ファミリーだってわかりそうなヤツは?」
「……無差別に攻撃しかけるの?」
「連帯責任って言葉あるだろ? バカの始末はバカがするんだよ」
「で、でも……」
ルーシはパーラを抱きしめた。
「安心して、身体を私に任せて、リラックスし、なにも考えず、楽しく、そして軽やかに決着をつけよう」
ルーシは生前俳優として超一流になれるほどの美少年かつ演者であった。そして、いまもまた女優としてLTASの一流地に豪邸を構えていてもおかしくないほどの美貌と演技力をもっている。そしてルーシは、自分で自分の本当の人格とやらを忘れてしまうほど、演技を重ねている。つまりルーシは、一度抱いた女の前であっても、その女のために奔走する人間になったとしても、それが嘘か真かはわからない。
だが、それはたいした問題でもない。ルーシは暴れられればそれで良いからだ。
「行くぞ。とりあえず片端から潰していく。見たくないものを見ないのは簡単だが、見たくもないうす汚く腐った生ゴミでも直視することができれば、人生はより一層良いものへと変わるはずさ」
「……うん」
パーラもまた腹積もりを決めたようだった。彼女だって薄々勘づいているだろう。ルーシがどこか異常な人間であることに。男性の同性愛者は10人にひとりといわれているが、女性の同性愛者は60人にひとりとされる。そんな少数派からさらに少数であるパーラの好みに当てはまる人間が、正常なわけがないのだ。
「パーラ、愛している……っていう陳腐な言葉はいわねェ。だから私は行動で示す。いかに私がオマエを愛しているか、いかに私がオマエのことを想っているか」
メイド・イン・ヘブン学園。通称、MIH学園。その深淵へ、その陰謀へ、ついにルーシは足を踏み入れる。実力と陰謀の学校の一員になるべく、ルーシは古めかしい校舎へ足を踏み入れた。




