近未来の島国『ロスト・エンジェルス』への転生
「……なあ、メンヘラ」
ルーシはずっと感じ取っていた。自分をつけてくる何者かがいることを。そしてそれは、あのアホ以外にありえないことも。
「な、なんのことですかぁ?」
ルーシはヘーラーへと詰め寄り、即座に蹴りを浴びせた。
「いったぁ!?」
「おい……。誰が銀髪碧眼幼女にしろって注文つけた? もしかして本気で怒ってほしいのか?」
「だ、だって……女の子になればちょっとでも落ち着くかなぁって思ったから……」
「オーケー。墓標は決定だ」
ルーシの苛立ちは頂点に達し、その漆黒の翼が無我夢中に暴れまわる。元来、こんなことに使うためのものではないのだが、そんなことはどうだって良かった。
もはや花嫁になれないほど傷だらけになったヘーラーを見て、ルーシは彼女を本気で哀れんだ。戦闘面で弱いうえに頭も弱く、髪色はピンクで、人間に企みを暴かれ、余計な行動にだけは頭が回るヘーラーを、ルーシは心の底から無様だと感じた。
「……オマエってさ、本当にかわいそうだよな。おれが人を憐れむのって珍しいんだぜ?」
「……おれっていわないでくださいよ。私でしょ?」
「よっしゃ、これで心置きなくぶん殴れるな」
虐殺現場はまだ続く。
*
かつてヘーラーだったものは、なぜかすこしずつ再生していた。
ルーシは頭を抱える。らしくもない動作である。
「まず、おれの20センチ砲は消え去ったと……。そして、この国の住民がでかいわけじゃなく、おれが縮んでいたんだな……。おそらくは150センチってところか。タトゥーは……残っているな。だからなんだって話だが……。いや、だからこそ長袖のシャツが着せられていたのか……」
コイツが仕組んだのは間違いない。やはりもう1発くらい加えておくか?
そんなことを考えていると、ヘーラーは復活を果たした。こちらを見て満足そうにニヤッと笑うので、ルーシは再び拳を握るが、このまま問題の放置もしておけない。
「おい、とりあえずヤニ買ってこい。タール12ミリで赤と白のパッケージのヤツな」
「女の子が煙草吸っちゃダメなんですよ〜? 飴玉だけにしておけば──」
ルーシは空を舞っていた羽のひとつを、ヘーラーの頬がわずか傷つくように落下させた。
「行け」
「は、はいっ!!」
本格的に面倒だ。最前の不良たちとの喧嘩で、身体能力は低下していないことと、超能力がしっかり起動することはわかったが、いかんせんこの見た目では貫禄に欠ける。
「日本に戻りてェなァ。まさか後悔するとは思ってもなかった」
死んでもそこまでだ、という考えが甘かったのかもしれない。こんな状況、生きているだけで恥辱だ。
「ルーシちゃん〜。煙草とライター買ってきました〜」
「ご苦労」
煙草とライターを差し出す手にパンチを喰らわせ、悶絶するヘーラーを横目にルーシは煙草を咥える。
「やはりニコチンは大事だな。脳がすっきりする」
薬物であることはわかっているが、それでもやめられない。ルーシの顔から苛立ちが消えていく。
「さて……メンヘラ。さっさとおれを男に戻せ。こんな身体じゃ、暴れられれねェだろうが」
「何回いえばわかるんですか!? 私はヘーラーですっ!!」
「あっそ。じゃあポンコツ」
「うー……。けれど、身体能力自体は男性だったころから変わってないはずですよ? それにキャラメイクでどれだけ時間がかかったと思っているんですか? 私は天使ですよ?」
「天使が私情で物事を決めるのかよ。願いを聞き受け入れるのが天使だろ?」
「アナタ無神論者じゃないですか。そんな人の願いなんて聞きませんよ」
「正論だが、ムカつくな……」
平行線である。ルーシは首を振り、とても腹立たしいが、ひとまずはいまの自分を受け入れることにした。
「あ! 受け入れましたね! じゃあこれから服を買いに行きましょう! ──ちょ、ちょっと!! 髪を燃やすのはやめて!!」
「くっだらねェ……。幼女の服なんか着たくねェよ。なんでそんな公開処刑を受けなきゃならないんだ」
「ええー!? せっかくかわいい女の子に変えてあげたのに! アナタの住む国じゃ、かわいい女の子へ生まれ変わりたいという人が多いらしいって聞いたから、一生懸命キャラメイクしたのに……」
「おれは外国人なのでね。ワリィが、そんな願望は持ってなかったのさ。つか、そんなことも調べられねェのにポンコツを返上したいとか、高望みし過ぎじゃねェか?」
「そ、それは……」
「反論できねェだろ? それがすべてだ」
本当にバカバカしい。こんなアホに女にされて、それを正当化しようとしている。コイツが天使とやらでなければ、間違いなく殺して溜飲を下げるだろう。
「……だが、決まったもんは仕方ねェ。与えられたカードで勝負するしかないからな」
「ですよね!! じゃあほら、服を買いに行きましょう!!」
ルーシは煙草をヘーラーの目に押し付け、彼女のもはや聞き慣れた悲鳴とともに決心をくだす。
「こんな姿でも、超能力と身体能力は男のときと変わらねェ。だったら武力で押しつぶすまでだ。ポンコツ、ロスト・エンジェルスについて説明しろ。洗いざらいな」
「嫌ですよ〜。神を信じない人間へは、なにかを教える義理はないです〜」
「あっそ。じゃ、おれは好きにやらせてもらう」
「あ、ちょ、ちょっとまって。教えます教えます!!」
ルーシはため息をつく。これで何度目だろうか。死んでしまったことがそんなに罪なのだろうか。
「えーと、どこから説明すれば良いですか?」
「最初からだ。ここが異世界だってことはなんとなくわかるが、それにしちゃ発展し過ぎている。別に異世界が発展していてはいけないなんてルールはないが、おれの知る……あー、いや、おれの弟が好きな異世界ものってヤツは、たいていは中世ヨーロッパをルーツにしているだろ? 不潔で疫病の流行る中世ヨーロッパ。だが、ここは違うみてーだ。そういった固定観念と真逆をいく、近未来異世界と名付ければ良いか」
近未来異世界。ルーシの生前、ややオタク気味な弟が熱弁していた「異世界」とやらの改造版。中世ヨーロッパの不都合なところは無視され、突然事故死した主人公が、剣と魔法によるファンタジーな物語とハーレムを築き上げる、いわばどうしようもない人間の妄想が、近未来となったらどうなるか。すべては未知の世界である。
「そういう世界もあるんですけれど、アナタの場合そういった世界では退屈しかしないでしょ?」
「ああ、あたっているな。女に困ったことはねェし、超能力も持っている。なんなら前にいた世界が異世界みてーなものなのかもしれんね」
「だか一計を案じたんですよ。この世界ではアナタは無双できないし、幼女になることで能力にも制限をかけ、なにより私にとって都合が良い。一石三鳥というヤツです」
「……ちょっと待て。能力に制限がかかるだと?」
「気づいてなかったんですか? 裏社会を征服した者にしては、随分と間抜けですね」
ヘーラーは嫌味な笑顔を浮かべる。
この女、楽しんでやがる。……だが、殴っても解決はしない。そしてなんの制限がかけられているかわからない以上、うかつに能力を使うことも控えなくてはならない。
「さあ、ロスト・エンジェルスの説明をしていきましょうか。いや、この世界の概要を説明したほうが良いですか? ルーシちゃん」
刹那的に拳がヘーラーの腹部を殴るが、彼女もだいぶなれてきたようだ。すこしだけ嗚咽をあげ、ヘーラーは何事もなかったかのように説明をしていく。
「うう……。まず、世紀は18世紀末期です。アナタのいた世界では、フランス革命が起きたころですね。それはこの世界でも同じで、フランスならぬ『ガリア』にて現在革命が起きているところです。大陸はガリアの革命を止めるべく、大同盟を結ぼうとしています。けれども、この国ロスト・エンジェルスには関係のない話です。なぜならば──」
「島国で永世中立国、だからか?」
「……」
当ててしまったらしい。むしろ申し訳なくなる。
「そ、そうなんですよ。ロスト・エンジェルスはイギリス、もとい、『ブリタニカ』のすぐ近辺に存在するちいさな島の連合体で、条約によって永世中立を認められていますからね。正式国名は『ロスト・エンジェルス連邦共和国』で、ブリタニカとの2度の独立戦争を経て独立を確保したんです」
きっと、壮絶な独立戦争を勝ち抜いたのだろう。当時の欧州を代表する強国に挟まれながらも、独立を維持するために相応の血を支払ったはずだ。
しかし、それを聞いても釈然としないこともある。
「なァ、ロスト・エンジェルスは、現代日本やアメリカに比べても負けないどころか勝るくらいに発展している。その理由はなんだ?」
ヘーラーはどこからともなく取り出した紅茶をすすり、リラックスした態度で答える。
「長くなりますけれど、良いですか?」ルーシが頷いたのを確認し、「この国には、いや、この世界には、魔術という概念があります。アナタのいた世界では超能力があったようですが、それの類似形といったところでしょうか。世界中のほとんどの人間が魔術を使うことができて、それは戦争にもおおきく関与しています」
「なるほど」たいして驚きもしない。
「アナタは怒っているか笑っているか、それともED患者のように静まり返っているかのどれかですね。人間として大切なものが抜けている気がしますが?」
ルーシはホットドックを食べはじめ、コーラをすすりながら答える。
「いまさら変えようとも思わないのでね。欠陥品といわれても文句はつけんさ。別に不都合もないしな」
「……なんとなく、私がアナタを任された理由がわかりましたよ。欠陥品は欠陥品同士で問題解決を図れっていう上司からのありがたいご命令なんでしょうね」
「そうだろうな」ホットドックを食べ終える。
ルーシは興味がなさそうだ。そもそも執着心の薄い人間なのだろう。
ヘーラーはすこし前に彼のデータを洗ってみたが、そこで示された結果は、ごく一部の人間以外には関心を抱かず、壊そうことも生かすこともその場の気分次第。
反面、関心を抱いた人間へは誠実的な態度を見せることがある。そんな人間として重大ななにかが抜けた人間。それがルーシ・スターリングである。
「欠陥品よ、話をもとに戻そう」
「……戦争を行う上で、魔術師という概念があることは話しましたよね? けれど、それだけではロスト・エンジェルスの発展具合を説明できない。では、この国はどのように技術を手にしたと思いますか?」
「そうだな。たとえば、おれみてーな異世界人を受け入れまくるとか? 18世紀末期から見りゃ、21世紀なんて想像もつかないだろうし」
ヘーラーは横を向き、下手な口笛を吹く。なんでコイツはここまでわかりやすいのか。もはやわざとやっているのではないか。
「転生者を受け入れているというわけだな? 話をまとめよう。ロスト・エンジェルスは転生者や転移者を優遇している。彼らと力を合わせ、全体主義的な開発独裁と魔術の力で発展を遂げた。おそらくここまで開発が進んでいる国はここくらいだろうだから、戦争になれば大損害は免れない。だから永世中立という形でプレイヤーから離脱させた。だが……まだなにかあるだろ?」
「い、言いませんよ? アナタはそうやって私に恥をかかせるのだから」
「まあ、良いさ。開けてからのお楽しみっていうのもあるしな。さて……」
ルーシは長話から解放され、ベンチから立ち上がるのだった。
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