一世一代の大博打
アメリカーナは、つい最近独立したばかりの新興国。ブリタニカとの貿易は、いわば生命線だ。ここにロスト・エンジェルスの割り込む余地が生じる、とルーシは捉えていた。
独立したてのアメリカーナの貿易相手をロスト・エンジェルスに変えさせる。また、軍事的な支援も行う。アメリカーナは北大西洋を挟んだ隣国。ここに大陸封鎖は通じない。
それに市民たちの反ガリア感情も、エドモンの逮捕及び死刑を経て、ある程度ゆるくなっていた。
ここは変にガリアを刺激せず、あくまでも敵対国をブリタニカだけに絞る。ただし、ガリアのカエルどもと一蓮托生になるつもりは、一切ない。
「その通り。我が国は、ブリタニカかガリアと手を組まなくては、なにもできないと思われている。しかしそれらは、所詮旧大陸の連中の誇大妄想だ」ルーシはニヤリと口角を上げる。「新大陸の西部開拓は始まったばかりだが、隣国のジョンブルどもはそれが気に食わないらしい。そりゃ当然の話だな。新大陸にヤツらは権益を持っているのだから。なので、アメリカーナを支援し、ブリタニカとぶつけさせれば良い。古典的な戦争方法だが、一番有効だと考えている」
更に、援助は行ってもブリタニカとの直接的な戦争は避けたいのが本音だ。
古今東西、愚民どもは勇ましく戦争を訴えるくせに、自分たちへ火の粉が降り注ぐと反戦デモを行い、あたかも自分たちは最初から戦争に反対していたかのように振る舞う。
そして、残念なことに愚民は大多数派である。
こうなると仕方ない。国家機能が不全になることを避けるには、やはり代理戦争が最善であろう。ブリタニカとの戦線は、限られた〝まやかし〟で終わらせるべきだ。
クールは口を尖らせる。「でも、ルーシ」
「なんだい?」
「いくつも戦線を作らないと、ブリタニカは疲弊しないんじゃねェの? 正直、ブリタニカとの海域を挟んだ戦線を作る余力はないぞ」
ポールモールも呼応するように言う。「愚民どもは、目の前のことしか考えられない。ブラシリカに巨大な権益があることを喧伝しても、連中はこう答えるな。『ブラシリカのために死ねるのか?』と」
「そうだろうな。しかし、世の中は不思議なものだ。今から2時間後、ノースLTASの港が、ある軍隊によって襲撃されたことが発覚する。実行者はブリタニカ軍特殊部隊であり、そのニュースは国営放送とSNSを通じて24時間以内に布告される、としたら?」
*
リヒトとマーベリックは、ボスのルーシから奇妙な命令を受けていた。北街の民間港と軍港を爆破する、という勅令。彼らは透明になり、空間移動を使い大量の爆弾を港へ仕掛けていく。
やがて、爆弾の設置が終わった。リヒトは自分が今なにをしているのか、さっぱり理解していないようだった。
一方、マーベリックはその作戦の意義をしっかり分かっていた。
「マーベちゃん。なんでおれらは、自分たちの国の港にダイナマイトを設置したんだろうな」
「リヒトくん、自作自演って単語くらい分かるよね?」
「馬鹿にしてンのか? それくらい知ってるよ」
「なら、この準備の意図を掴めるでしょ」
「分かんね。けど、これだけのダイナマイトを起爆したら、民間人もたくさん死ぬぞ。当然、軍人も」
「CEOがあたしたちに一世一代の大博打を仕掛けさせた理由が、少し分かったよ……」
リヒトが触れていたものは、2時間程度見えなくなる。すでに早朝を迎えている港から離れたふたりは、無数の時限爆弾を仕掛けたとルーシへ伝達するのだった。