ドブ臭い最低な世界へおかえり
「よう。顔拝みに来たぞ」
『社長ォ!! イーストLTASにいンのか!?』
「声を潜めろ。うるさくて鼓膜が破れそうになる」
『よっしゃァ!! 今から迎えに行くぜ! どこら辺にいるんだ!?』
やかましいと感じつつ、ルーシは道路名を見る。「ナース・ストリートだな。早く迎えを──んん?」
ルーシの声色がなにかを訝っていた。
リヒトは声を抑え、ルーシへ言う。『なんかいるのか?』
「あぁ。〝レイノルズちゃん〟を見つけた」
『社長の分霊箱か。反目な様子か?』
「いや、笛吹きながらこちらへ近づいてきている。さすが虚無僧」
『それだけじゃ、分かんねェなぁ』
「まぁ、反目ではないだろう。そうだったら、すぐ攻撃に移っているはずだ」ルーシは、自身と瓜二つのヒューマノイドに手を振る。「一旦電話切るぞ。ちょっと〝レイノルズちゃん〟と話したいことがある」
『了解ッ!!』
電話を切り、ルーシは藁の被り物をしている特有の存在に近づいていく。
「よう、調子は?」
「ハッピー以上ルンルン以下です。マスター」
「そりゃ、めでたい。で、訊きたいことがふたつある」
「なんですか?」
「ひとつ。母体の私が死んだのに、なんでオマエらは生きている?」
至極当然の疑問である。レイノルズちゃんとは、ルーシの魂を分け与えたヒューマノイド。あのときルーシが確かに死んだのなら、レイノルズちゃんたちもまた全員機能を停止するはずだろう。
「マスターより臆病な方はなかなかいませんから」
「どういう意味だよ」目を細める。
「マスターは、自分の魂をヒューマノイドという人形に入れた。そして、ふたつの司令を行った。ひとつは母体のマスターへ決して逆らえないように。もうひとつは、マスターに逆らわない範囲内で貴方様に有益な行為をすべき、だと」
「……、そんな命令したかな」
「しました。残存するレイノルズちゃんは777体。それらに聞けば、同じことを答えるでしょう」
「777……ラッキーセブンってわけか。まぁ良いや。なら、ふたつ目聞くぞ」
「なんでしょうか」
ルーシは悔しさとやるせなさが交わった口調で、そのレイノルズちゃんへ尋ねる。
「……ルテニアは死んだのか?」
「えぇ。死にました」一刀両断だった。
ルテニアとは、レイノルズちゃんのひとり。名前をつけるくらいには、気にいっている存在だった。
しかしやはり、あの戦役で死んでしまった。ゲルマニア方面での軍事作戦の余波で。
「……私だけが生き残って良いものなのか」
「マスターらしくもないことを言いますね。そのような態度では、また反旗を翻してしまいますよ。我々はマスターの意志次第で変わっていきますから」
「それもそうだな……」
所詮、乱造されたヒューマノイドのひとり。数ミリ程度の魂を分け与えただけの存在。それだけの人形なのに、ルーシはうなだれていた。
しかし、いつまでも落ち込んでいる暇はない。ルーシは無理やりにだが、冷静さを取り戻す。
「マスター、他に用件は?」
「今のところはない。オマエらは増殖し続けろ。偽物のパチモノができたとき、必ずガリア方面での戦争に役立つはずだ」
ルーシ→レイノルズちゃん→レイノルズちゃんの魂を与えられたヒューマノイド……と繋いでいけば、オリジナルのルーシのメンタルが揺らぐこともない。それはつまり、永久機関に近い。
「承知しました。スターリング証券及びクール・カンパニーで、またヒューマノイドを制作してください」
「あぁ」
そのレイノルズちゃんは去っていく。
その頃、リヒトとマーベリックが迎えに来ていた。
「よう、旧友ども」
「社長ォ!!」抱きついてきたリヒトを張り手で吹っ飛ばす。「いってェ!! やっぱり社長の腕力半端ねェな!」
マーベリックは口元を緩ませ言う。「おかえりなさい、CEO」
「あぁ。帰ってきてやったぞ。ドブの匂いがする最低な世界へ」




