タバコミュニケーション
旧魔術。メリットの生命線である。ルーシを除くこの世界の魔術師は〝新魔術〟と呼ばれる、ひとりひとつしか使えない強力な魔法を使う。他にも〝悪魔の片鱗〟という魔力を身体にまとわせる術式もあるが、基本的に魔の力はひとりひとつずつだ。
対して旧魔術。こちらは、新魔術とは違い何個も使える。空間移動だったり、時間巻き戻しだったり、高射砲みたいな物体を生み出し操作したり、と。ただ、それらを極めた新魔術使いには、威力だったり範囲だったりなどで負ける。いわば器用貧乏といったところか。
「チッ、あの根暗を家に入れるなんて」
「メント、なんでオマエはメリットが嫌いなんだい?」
「そりゃあ、絶壁三白眼とか言われたら誰だって嫌になるだろ。ルーシ」
「間違っちゃいないと思うが」
「アイツは嫌味ったらしいんだよ。親の顔が見てみたい」
メントとメリットは険悪だ。とはいえ、家に招き入れることを了承するくらいなので、そこまで嫌悪感は抱いていないのかもしれない。
そんな最中、インターホンが鳴った。
「私が出るよ」
ホープが立ち上がり、映像越しにメリットの姿を見る。そして彼女は解錠し、メリットを家へ入れた。
「久々に会うな。楽しみだ」
ルーシは喜々とした表情でメリットを待つ。
家のドアが開いた。メリットが現れる。
黒髪のショートヘア。黒いシャツから垣間見える大量のタトゥー。丸メガネ。先ほどまで女性用風俗へ行っていたのか、特有の匂いがする。
「よう」ルーシは手を振る。
「やっぱり、アンタは死んだくらいじゃ死なない」
メリットの表情はどこか緩んでいた。普段なら無表情だが、さすがに半年くらい会っていない〝盟友〟との再開に、頬が緩むものがあるようだ。
「そうだな。死んだくらいでくたばっていたら、愛と平和の守護神はできない」
「意味分かんない」
「それで? ついに処女卒業したのかい?」
「……、元々処女じゃないし。彼氏だって、ふたりいたことあるし」
「どうせ、膜が硬すぎて相手吹っ飛ばしたんだろ?」ルーシはベランダを指差す。「とりあえず、タバコ吸おうぜ。私とオマエだったら〝タバコミュニケーション〟できるしよ」
ルーシとメリットは喫煙者なので、ベランダに出てタバコをくわえ始める。
「アイツ、10歳から11歳だよな。なんでタバコ吸ってるんだ?」
見慣れた姿だが、よくよく考えてみるとルーシは幼女だ。なぜ彼女は平然とタバコを吸っているのだろうか。メントは怪訝に感じた。
「転生者なんじゃないの?」
対してホープは、あまり疑念を覚えていないようだった。彼女は続ける。
「もし死んだときの年齢が18歳以上なら、届け出を出せばタバコも買えるし。でもまぁ、うちタバコ嫌いなんだよね」
「あたしも嫌いだよ。臭いし、健康に悪い」
そんな会話を聞き流し、ルーシとメリットはベランダで紫煙に巻かれる。
「あー……。女向けの風俗って、どんな感じなんだい?」
「大人の夢の国」
「それだけじゃ分からんな」
「そもそも、ロスト・エンジェルスの性依存症者は100万人だし、別に変なことでもないでしょ」
「終わっているな、この国」
「性的なことを我慢するほうが、よっぽど終わってる」
「まぁ、無神論国家だしな。エロイことを禁忌とする他国とは違うわけだ」
「そういえば、あのカマ野郎と会った?」
「カマ野郎……ああ、アークか。会ったよ。元気そうにしていた」
「キャメルのこと放っておいて、良い身分なこと」
「仕方ないだろ」ルーシは2本目のタバコに火をつける。「アイツだって忙しいんだよ。なにせ、国家最強の魔術師セブン・スターズ様だからな」
「それでも、幼なじみで半ば付き合ってる子への思いやりとかないの?」
「あるだろ。ただ、アークも困っているだろうな。記憶喪失が治らないとお姉ちゃんだって辛いだろうが、治ったら病的な性欲が爆発するしさ」




