汎用性のケモノ
「誰だ?」
ルーシは身構え、背中に黒い鷲の翼を広げる。まだ1メートルほど翼だが、その気になれば数百メートルまで巨大化できる。
そして、この翼は飾りではない。
羽が引き金になり〝現実的ではない、あやふやな法則〟を操れる。さらに、この世界には魔術があっても超能力はない。そのため、そもそもこの世界の住民はルーシの能力に対して防御を取れないのだ。超能力という未知の力と、その能力自体が持つある種の不分明さのおかげで。
「音速並みの速度だな……。もう大統領府に侵入してやがる」
ルーシは迎撃のため、執務室の窓を割って外へ出る。空まで上がり、敵を待つ。
刹那、
ルーシの頬が魔力の塊によってかすめられた。切り傷から少量だけ血が出る。
「やはり、絶対的な壁にはならないか……」
ここまで身体が万全だと、クールと闘ったときを思い出す。あのとき、ルーシは確かに攻撃をくらっていた。幼女になって能力そのものが劣化している、と考えていた。
だが今思うと、能力は弱まっておらず、物理法則も違う世界で超能力がうまく動いていなかった、とも捉えられる。
では、この法則の違う世界へそれなりにいたルーシは、どんな対策を練ったか。
答えは、魔術と超能力の融合だった。
「さぁ、おいで。外患ちゃん」
超能力と魔術の良いところだけ取ってしまえば良い。それがルーシの結論であった。
超能力はこの世界の条理に従っていないが故、体力消耗も激しい。だが破壊力では負けない。
対して魔術はこの世界の条理へ従っているから、体力は保てるが、それでは優位性がなくなる。
となれば、いわば超能力を魔術的に変換することで、高い可動領域と体力を両立できるのだ。
ルーシは、敵性的な魔力の元へ分離させた羽を飛ばす。唸りをあげながら、羽が10枚敵のほうへ加速しながら進んでいく。
「さて、これでも立ち上がる気か」
やがて羽は正確なエイムで、ここから500メートルまで迫った敵性に直撃した。攻撃に使う羽は9枚に絞り、1枚だけ脳内で観測できるようにドローンのようにあたりをうろつかせている。
「……こりゃ驚いた」
が、この世界の方法では回避できないはずの攻撃をくらった敵性は、首をゴキゴキ鳴らして無傷のままこちらへ向かってきた。
(1枚は残しておくか。なにかに使えるかもしれないし)
あえて展開した羽を1枚だけ残しておく。先ほどカメラ代わりにしたものだ。ルールを吹き込めば、すぐに戦闘兵器に変更できる。ただ、9枚くらって無傷だった敵を倒せるわけもない。ここは予備にまわしておくべきだろう。
「へェ……。その軍服、ガリアの軍人か」
魔術師に対するレーダー網も迎撃システムもあるはずなのに、この男は単身ロスト・エンジェルスへ足を踏み入れたようだ。
「しかし、たいしたタマだな。ロスト・エンジェルスにほしいくらいだよ」
「私がほしい、か。残念ながら〝皇帝〟は国家に奉仕する義務があるのだよ」
「あァ? オマエが武人皇帝ってこと?」
「そうだ。私が神聖なるガリアの皇帝、エドモン・ダルジャンだ」
「なるほど……。皇帝自らなんの用だ」
エドモン・ダルジャンは、さほど身長が高いわけでもなく、恰幅が良いわけでもない。だが、特有の威圧感を持ち合わせている。修羅場慣れしているルーシが、危険を感じる程度には。
「簡単だよ、貴国の技術を提供してもらいたい」
「あァ?」
「大統領閣下に会わせろ。子どもをいたぶる趣味はない」
そう言って、エドモンはルーシの横を通り過ぎようとした。
だが、彼は身体が凍らされたような感覚に陥った。
違和感に気がつき、銀髪幼女のほうを向く。
そこには、中指を突き立てる少女がいた。
「バーカ、オマエごときに、我が大統領はもったいねェよ」




