歴史は繰り返す。1度目は悲劇、2度目は喜劇
世界地図は、塗り替えられていた。前世とさほど変わらない(違いは西太平洋にロスト・エンジェルスがあることくらい)地図をルーシは凝視する。
「その通りだ」クールは頷く。「ブリタニカは、大陸での混乱に乗じて植民地を次々と奪っている。特に、ガリアの植民地は次々と……」
「手放しているな」ルーシは地図を指差す。「ガリアは本土防衛を優先している。だが、これは罠かもしれない」
「罠?」
「あぁ。植民地を手放すことで、本土への軍事力を集中させる。そして、ブリタニカが植民地経営に忙しい間に、一気に周辺国を制圧する。まるで……」
「まるで?」
「まるでナポレオン戦争の再現だ」ルーシは眉をひそめる。「どんな世界軸であれ、歴史は繰り返すわけか」
ルーシは21世紀出身者なので、こういう状況をナポレオン戦争と捉えるほかない。
「とはいえ、ロスト・エンジェルスのような国家は存在しなかったけどな」
ルーシはそう言った。
他方、この世界にはふたつのバグがある。ロスト・エンジェルス連邦共和国と、ルーシそのものだ。片や200年先の技術力、片や超能力者。魔法の世界には似つかわしくない。
「存在しなかったのか。いやでも、昔ブリタニカで修行したとき、古臭すぎて死にそうだったのを思い出すな。シャワーすらないんだぜ、あの国。女の子ナンパしても、臭くて仕方なかったわ」
「だからバグなんだよ。さて、長話しても仕方ない。さっさと支持率回復のため、私へのKIA判定を消せ。理由はなんでも良い」
「なら、泳いで本島までたどり着いたことにするか」
「私は泳げないんだよ……」
「どうせバレないだろ」クールは金の電話機で誰かと通話状態に入る。「国防長官、ルーシ・レイノルズは生きていた。今しがた泳いで本島へ帰還したようだ。あ? なに言っているんですか? おれがそう言っているんだから信じろよ」
しばしの会話のあとクールは、ルーシへ伝える。
「とりあえず、ゆっくりしていけよ。オマエ、仕事熱心過ぎるしさ。今すぐ開戦するとか、特別攻撃隊を送るとかの話じゃないんだから」
「分かっているよ。一度死んで冷静になれた。クール、オマエも死んでみるか? あそこは結構落ち着くぞ」
「嫌だよ。天界にも一回行ったことあるけど、エロイことできねェもん」
ルーシは呆れ気味だった。「そういえば、オマエって喧嘩とエロイことが大好きだったな」
「ともかく、今できることはない。もう大統領府の寝室で寝ろよ。深夜3時だぞ」
「あぁ、そうする」
ルーシはあくびしながら、そのままソファーの上に寝そべり始めた。
「おい、寝室なら少し歩いたところにあるぞ」
「眠いんだ。泥酔でもしているみたいに」
「オマエが人前で寝るなんて珍しい。いつもボディーガードがいなきゃ寝ない、とか寝言抜かしてるくせに」
「死を克服した人間の強みだよ……ふぁーあ。おやすみ、クール」
クールは怪訝な表情になりながらも、毛布をルーシにかけるのだった。
*
「──ふぁーああ」
ルーシは目覚め、時刻が朝の7時だと知る。生粋のパラノイア気質は治ったかもしれないが、ショートスリーパー気味なのは変わらない。
「とりあえず、タバコ吸うか」
適当に置かれていた、クールの紙巻きタバコをくわえる。
「そういえば、他の連中はなにしているんだろうか」
スマートフォンがないのと、そもそもルーシは死人扱いされていたので、連絡の取りようがない。
「アーク、メリット、メント、ホープ、シエスタ、キャメルお姉ちゃん」
案外友だちがいるものだな、と思いつつ、ルーシはボーッと窓の向こう側を見上げていた。
そのとき、
凄まじい魔力がこちらへ迫ってきている、のをルーシは察知した。




