世界情勢
大統領府にたどり着いたルーシとクールは、顔パスで部屋に入った。
「大統領閣下にお嬢様……お嬢様!?」
警備員が明らかに驚いているが、お構いなくルーシはソファーに腰掛ける。
「で、なにがあった?」
「そりゃこっちのセリフでもあるぜ」
「なら、私から説明する」ルーシはテーブルに置かれていた葉巻をくわえる。「まず、私はすべての魔力を使って死んだ、はずだった。ところが、タイペイって会ったことあるだろ?」クールは頷いた。「そのタイペイに言われた。今のロスト・エンジェルスにはルーシが必要だと。なんのことだかさっぱりだったが、アイツの情報とオマエらの置かれた近況を鑑みるに……」
ルーシは目を細める。今度はクールのターンだ。
「まぁ、見ての通りだな。おれの支持率は大暴落。マスゴミどもは議会に大統領であるおれの弾劾を求める始末だ。もっとも、上院はまだおれの〝行動保守党〟が握ってるから、可決させないけど」
「なんでこうなった?」
「タイペイから教わっただろ? 武人皇帝さ。今、ロスト・エンジェルスは二分されてる。大陸の利権を狙うか、このまま日和見を続けるか」
「大陸に旨味があるものか」ルーシは葉巻を置く。「たいした資源も取れない。あるのは死体の山だけだ。だったら、海外領土獲得に向かったほうがマシだろうよ」
「いや、ゲルマニアを占領していた連中が壊滅したらしいんだよ」
「はぁ?」
「占領地帯の司令官、カルティエ・ロイヤル准将や、オマエもよく知るアークやキャメルはなんとか救ったんだが……一般兵士はほとんど殺られた。反ガリア感情は、今まで見たことないくらい膨れ上がっていてよ」
タイペイが言った、まだこの世界にルーシが必要という言葉の意味が少し分かったかもしれない。ルーシはバグを起こしすぎた。進行不可能になりかねないバグを。であれば、それを取り除いてからでないと死ぬことも許されない。
それらを踏まえて、ルーシは深い溜め息をつく。
「どうせ資源不足で開戦できないんだろ? なら、また遊撃隊作ってガリア武人皇帝の首を持ってきてやるよ。パーラが生きているだけでも、平和を作ってやらなきゃだし」
クールは気まずそうに顔を引きつらせる。なにかとんでもない爆弾を持っているかのように。
……まさか、
「……パーラちゃんなら、オマエが死んだのを苦にして飛び降りたよ」
考えられる限りで最悪のシナリオだった。パーラを放置して、いわば逃げるように一旦現世から離れたルーシは、その行動をひどく後悔する。彼女は俯き、顔を手で覆う。
「落ち着け、まだ死んだわけじゃない。植物状態だよ」
「……なら、私の術式を使って」ボソボソと呟く。
「いや、あれは自分をも殺すんだろ? 同じことの繰り返しだ。もう魔力で身体を無理やり動かすことはできないぞ」クールは、なおもブツブツなにかを呟くルーシに平手打ちをくらわせる。「落ち着けっての!! 良いか? オマエがあのときつけてた魔力を体力に変換する装置は、もう作れない代物なんだよ。制作者の博士が死んでしまったからな。分かったら、落ち着いてロスト・エンジェルスの医療に彼女を任せろ」
ビンタで多少冷静になれたか、ルーシは顎を治す。
「……パーラは死なせない。私がほしかったものに、アイツは欠かせないんだ」
「だったら、冷静になれ」
「言われなくても」
冷静であるように努めているつもりのルーシだが、その握りしめた拳は震えていた。
「……、話をまとめよう。愚民どもは武人皇帝って連中に感化され、同時に反ガリア的感情が高まっている。ガリアはこの地図を見る限り、ゲルマニア諸国の一部やヒスパニア半島、ロマーナ半島にも迫っている。対照的に、世界の植民地はブリタニカが握り始めている。そうだろ?」