不穏な兆候
「うん、みんな待ってたはずだよ」
タイペイがそう言った頃、ルーシは気絶したかのように地面に横たわった。
*
「街並みは……あまり変わらないな」
特段変わらない夜の街。同級生たちがまず近づかない、がやがやした歓楽街。
「まず、どこから当たろうか」
肉体はさも当然のように、このロスト・エンジェルスに来たときと同じ。銀髪に青い目。整った顔立ち。身長は160センチには到底満たず、しかし設定上の年齢を考えれば随分高身長かもしれない。ルーシは10歳児として、この国に来たから、余計にそう感じてしまう。
と、少し物思いに耽っていたら、
こちらに暴走車両のように向かってくる魔力を感じた。それは空を飛んでいるが、進路を変えてこちらへ向かうようにしたらしい。
(飛行術式を使えるってことは……)
ルーシが覚えている限り、自在に空を飛べる魔術師は限られている。敵対して潰したエアーズという青年。本来なら敵だが、協力することも多かったジョン・プレイヤー。そして……。
刹那、目の前に炎の塊が現れた。西洋竜のような姿形だが、中にヒトがいるのも事実だった。火の粉と炎の暖かさ、更にアスファルトがメキメキと頼りない音を上げる。
「──ルーシ、ルーシか!? 天使から連絡があったのは、そういうことか!?」
弾け飛ばすように炎の塊が消え去った頃、その炎の主は嬉しそうな声色とともにルーシに近づいてくる。
「──あぁ、クール。やはりこの世界には私が必要らしい」
「そりゃそうだろ!! オマエはまだ、本当にほしかったものを手に入れてないんだからよ!」
「ほしかったもの、ねェ」目を細める。
「どうした? 豆鉄砲くらったような顔して」
「いや、もうほしいものなら手に入れているかもしれん。だが、それらは守らないと意味がない」
茶髪パーマでハンサムなクール・レイノルズは、一瞬怪訝そうな顔になったが、構わず続けた。
「ともかく、オマエが帰ってきたことはみんなに伝えねェと。KIA判定も取り消しだ。あれ嫌だったんだよね~。支持率が下がっちゃってさ」
「軍人でもないガキを戦死させて、いまだに大統領できるオマエは、やはりたいしたタマだよ」
「だろ? さて、早速だけど、オマエには言っておかないとならないことがある」
「なんだい?」
「あー、いや。帰ってきたばかりのヤツに言うことじゃないか。とりあえず、大統領府まで行こうぜ。空飛ぶ方法、覚えてる?」
「私を侮るな」
苦笑いを浮かべ、空を飛ぼうとしたときだった。
ぴっしゃ、と何者かがクールへ生卵を投げつけたのは。
「おらァ!! 簒奪者クール・レイノルズ!! 武人皇帝にビビってるヘタレが街歩いてるんじゃねェよ!!」
クールはハンカチで生卵のあとを拭き、近くに潜んでいたSPが犯人を取り押さえた。
「おい、大丈夫か?」
「おれを侮るな」
怒りを抑えるように、拳を握りしめていたのを、ルーシは見逃さなかった。
クールは支持率90パーセント超えの大統領。まず生卵なんて投げつけられないし、なんならそんなマネをするヤツは支持者が止めていただろう。だが、現実的にクールの支持率が下がっているのを、夜のロスト・エンジェルスを通して知ることになった。
「おい、議会選挙があったのか? オマエって確か〝行動保守党〟から出た大統領だったよな。なのに、対抗政党の〝自由労働党〟が議席の3分の2以上を獲得してやがる」
空高く舞っている最中、ルーシは摩天楼の電光掲示板に記された事実を知った。
「それだけ色々あったんだよ」
「明るい話のようには思えないな」
「まぁ……、大統領府で話そう。また生卵投げつけられるのも嫌なのさ」
「あぁ」
およそ半年ほど浦島太郎状態だったルーシに、今のロスト・エンジェルス情勢は分からない。しかし、危険な兆候が漂っているのも事実だった。




