苛められっ子の女顔少年
メイド・イン・ヘブン学園。通称「MIH学園」。
そもそもの歴史が浅い国家「ロスト・エンジェルス連邦共和国」において、創立から今年で100周年というのは極めて長い歴史を物語っているし、実際ロスト・エンジェルス──LTASにおいて屈指の名門校であることは間違いない。
そんな学校だが、しばしば人はこう語る。「実力と陰謀の学校」であると。
あまり良い言われ方ではないが、実際そのとおりなのだ、とルーシ・レイノルズは姉弟であり親子であるクール・レイノルズから口酸っぱくいわれていた。
しかし、ルーシにとってはそちらのほうがやりやすいのかもしれない。彼……いや、彼女は、かつて21世紀日本の裏社会を征服した者だからだ。いまはなんの因果か10歳の銀髪碧眼幼女として生きているが、考え方はまったく変わっていない。
だから、ルーシはMIH学園へ足を踏み入れる。
「……キャメルに見つかったら面倒だな。クールの部下に送迎したもらったわけだし。というわけで、ヤニの時間だ」
MIH学園は広い。古めかしい校舎は10個あるし、中庭も巨大で、ところどころに喫煙所らしき場所があり、ところどころで喧嘩のような、いや、一方的な暴力が振るわれている。
「ま……鉢合わせたらまずい。裏行こうか」
ルーシは10歳……ではないが、見た目は10歳だ。なのでキャメルという叔母に見つかるのは好ましくない。そういう理由もあり、ルーシは人生ではじめてといって良いほどの行動をする。隠れて煙草を吸うという経験を。
「無駄に広いな。LTASって狭い国じゃねェのかよ。こりゃ生徒から金を搾り取っているな」
そんな愚痴をひとりでこぼし、ルーシは学校の裏側へ行く。
学校の裏側。ここまで来るとひと気は少ない。少々人がいて、やはり暴力が起きている。別に助ける義理もないルーシはそれを無視し、青いブレザーの内ポケットにしまっておいた、赤と白が特徴的な煙草を取り出す。
「一応携帯灰皿を持ってきて正解だったな。ポイ捨てってのはよくねェことだ」
散々人を殺したくせにポイ捨ては良いことではないと考えている。それがルーシという人間なのだ。
そんなわけで、ルーシは煙草へ火をつける。
だが、
「火がつかねェな。こういうときに限って火がつかないんだ。呪われているのかもな」
ルーシの電子ライターはまったく作動しなかった。
「しゃーねェ」
ルーシは乱雑に誰かへ暴力を振るう生徒の背中を叩く。
「すみません、火をくれませんか?」
「あ? おれらがなにしてるかわかってるわけ?」
「いじめでしょ? 別にチクったりしないし、興味もない。とにかく火がほしいんですよ」
「はあ?」
「はあ、じゃないですよ」
「……。てめェ、ぶち犯されてェのか?」
「あっそ」ルーシは呆れた態度だ。
ルーシは即座にその男の耳を掴む。
なにが起きたか理解していない生徒。
刹那、ルーシは耳を引きちぎった。
「…………ッ!?」
「まだ片耳だけだろ? 私が知る限り、両耳両目両腕全部もがれても必死にあがいていたヤツはいるぞ?」
別に嘘ではない。転生する前、そういう根性があるヤツがいたのだ。
「や、やべェ!! 逃げんぞ!!」
「お、おう!!」
逃げるときは一目散。ルーシはため息をつく。
「ライターがねェよ。あーあ、メリットと連絡先交換しときゃよかった」
そうやってやりすぎたなと思っていると、ただただ暴力を振るわれているだけだった少年が立ち上がった。
髪は金髪。この国ではありふれた髪色だ。身長は160センチほど。制服からして高校生なので、低身長の部類に入る。顔はボロボロだが、中性的、いや、女性的な顔をしている。男子の制服を着ているため、おそらくは男性だが、そう感じさせない雰囲気が漂っている。
とはいえ、話しかける義理もないルーシはその場から立ち去ろうとするが、
「ちょ、ちょっと待って。キミって高校生?」
その少年に止められた。
「そうだが?」
「いや、高校生にしては子どもすぎるって思ってさ。あと、ライターならあるよ。ボクの髪を焼くために持たされてるんだ」
「なかなか凄惨ないじめを受けているな。だが、随分と元気じゃねェか」
「なれてるからね。この程度の暴力だったら、1日に3~4回くらいは起きるんだ」
「大変だな。ま、良いや。ライター貸してくれ」
「はい」
ルーシは少年からライターを借りて、それで火をつける。
「あー……やはりこれに限るな」
至福の表情である。りんごみたいな張りのある肌の少女が煙草を咥え、そんな表情を浮かべる。異常者以外の何者でもないかもしれない。
「で? オマエはいじめられているのに反抗しないのかい?」
何気ない世間話というヤツである。
「別に……、反抗したところで結果は見えてるしね」
すねた態度だ。ルーシは手を広げる。
「それじゃおもしろくねェな。しかし、1日に何回もぶん殴られるのは辛ェだろ? なにか支えがあるとか?」
「まぁ、ボクみたいなナードでも居場所はあるんだ。ゲーム部があってね。そこだとみんな優しいしさ。けど、こうやって殴られるのが辛いのは否めないかな」
「だろうな。ま、ライター貸してくれたんだ。相談くらいなら乗るぜ? 私はルーシ・レイノルズ。オマエは?」
「れ、レイノルズ!?」
少年は明らかに驚いた表情だった。レイノルズ家がLTAS屈指の名門であることは知っているが、そこまで驚くことなのだろうか。
「ああ、レイノルズ。父はクールって名前で……叔母っていうのも変だが、キャメルが家族でもある」
「……キャメル」
「なにか嫌なことでもされたのか?」
「いや、別に……」
「わかりやすいヤツは好きだぜ。あれか、告白されて無事ボロ負けしたってところか。だが、アイツは狙わねェほうが良いぜ? いろんな意味で」
「いや……そういう理由でもないんだ」
「ふーん」ルーシは深堀りせず、「で? オマエの名前は? あと連絡先は?」
「アーク・ロイヤルって名前だよ。一応王族の血を引いてるっていうけど、ボクみたいな落ちこぼれがそれを名乗って良いのかは疑問だよね……」
目を細め、
(……偶然というものもあるんだな。まさか元王族を騙っていたら本物の元王族と会うとは)




