おれのスターリング工業
「あー。のぼせた」
頭がクラクラするのに喫煙所へ入るあたり、やっぱりルーシは筋金入りのヤニカスだ。
そう思いながら魔術の国らしく手のひらに炎を点火してタバコに火をつけたルーシ。
その頃には、ルーシはどこかで見たことのあるような男を眼中に捉える。
「よォ。ルーシ」
高身長に鍛えられた身体。黒い髪に黒い目。男前な顔立ち。
タバコを持っていないということは、わざわざルーシに会いに来たということか。
「あー。喉元まで名前が出てきている。でもやはり思い出せん」
「ポールモールだ。オマエの会社のNo.3だよ」
「おれが会社を持っていた? なるほど。その会社名は『スターリング工業』だな」
「記憶喪失だと、アークから訊いてたが?」
「正しくはこの世界に来てからの記憶をすべて失った、だ。前世の思い出はばっちり覚えている」ルーシは煙を吐き出し、「スターリングっていうのはおれのお気に入りの単語なんだ。英国の通貨スターリング・ポンドってな……チクショウ。頭が痛くなってきたぞ」頭が余計にクラクラしてきたからタバコを捨て、「まあ、この世界の連中に言っても分からんだろうが」
「そうかよ。あのスライム娘がオマエを復活させたとき、そのときはちゃんと“ルーシ・スターリング”だったのにな」
ルーシはそんなポールモールの言い草に頭をかしげる。
「おれはルーシ・レイノルズだろ。それは前世での名前だ。前の世界と意図せずともお別れしてしまった以上、その名乗りはもう使えねェ」
「そう言うと思ったよ。ま、名前なんてどうだって良い。スターリング工業はおれたちがしっかり回しておくからよ」
「その確認かい?」
「その確認だ。一応、オマエの不治の病、パラノイアが治ったかどうかを確認したかったのさ」
ふたりは喫煙所から出ていき、その頃にはポールモールは消え去っていた。空間移動的な魔術を使えるのであろう、とルーシは大して気にも留めない。
それに、すこし離れた食事処でキャメルとルテニアがなにかを食べているはずだ。復活してからなにも食べていないルーシはいい加減空腹なので、そこへ向かうこととした。
「待たせたな」
「ルーシちゃんはなに食べるの? ルテニアちゃんはローストビーフ5人前食べるって豪語してたけど」
「オマエ、そんなに食えるのかよ?」
「私を侮ってもらっては困るな。1週間飯抜き生活していたのだから」
「そうかい……。んじゃ、ハンバーガーとポテトで良いや。あとコーラもな」
「極端な姉妹ね……」
食事へのこだわりはないに等しいのがルーシだ。彼女にきょうの朝なにを食べたか訊いてみれば、要領の得ない答えが帰ってくる。
「それじゃ、注文しましょう」
「お姉ちゃんのおごり?」
そういえばろくずっぽカネを持っていないことを忘れていた。一応確認を取っておく。
「そうね。国からおカネもらえる元王族が割り勘なんて似合わないわ」
「ありがとう」
素直な礼だった。ヒトからおこぼれもらおうというときに皮肉やら嫌味言っても仕方ない。
「どういたしまして」
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