奇跡の乱用の末路
言葉などそう多くなくて良い。もう充分闘った。あとは目の前にいるクイン・ウォーカーを「よく闘った」と讃えて終わりで良いだろう。
「……舐められたものだな。人間風情が」
「舐めてねェよ? ようやく全力で闘っても良い相手を見つけたんだ。まあオマエ含めてふたり目だけど」
「お父様のことですか?」
「ああ、嬢ちゃん」
「愚弄するのも……たいがいにしてもらおうか──!!」
クイン・ウォーカーは瞬発的にルーシを狙った。そしてルーシには彼女の考えが手に取るように分かる。
「最前下した相手だから潰しやすいと考え、しかも傷口もふさがっていないと捉えたみてーだな……!!」
「当たり前だろう!! 貴様は私に敗れたのだぞ!?」
「ああ、ならひとつだけ」
ルーシはなぜか魔力を放射し始める。ゴールデンバットから分け与えられた魔力を無駄にするような行動を取ったのだ。
だが、この幼女には狙いがある。狙いもなく無為になにかをするような人間ではない。
瞬間、放出した魔力がルーシの翼に集結し始めた。
「……おお」
ジョンは無邪気に笑い、頷いた。
「……貴様ァ!!」
クイン・ウォーカーはその行動の意味を知り、叫んだ。
「ヘッ、魔力すらこの世界に存在しないものに変えてやったぞ? そして……」
翼が伸び、クイン・ウォーカーの白い身体を突き刺す。
「ぐうッ!?」
「オマエはこの世界の条理に従って魔力を反射しているようだが、別次元の条理には対抗できるのかい……!?」
ルーシは返り血で染まった翼をはたき、その血液を忌々しく見つめた。しかしすぐに猛攻撃を仕掛けるべく、その銀髪碧眼の幼女は翼を背中に戻してクイン・ウォーカーとの間合いを狭める。
「クーアノンにジョーキー、その他色々なガラクタを使ってこの国の支配者になろうとしたみてーだが……ここの支配権は私がもらう!! LTASの頂点に立てばおれのほしかったものはすべて手に入るからだ!!」
目まぐるしくルーシとクイン・ウォーカーは動き回り、互いに致命的なダメージを与えるためにわずかな隙を練る。その間にもロスト・エンジェルス中に響く轟音と衝撃波が絶え間なくこの国を襲う。
「人間ごときが……納めて良い場所ではないのだ! この区域はァ!!」
「だがオマエを殺せばここはおれの縄張りだ!! 違わねェだろう!?」
「殺そうと思っても殺せないから私は天使なのだ!! 不条理は私が支配するのだよ!!」
「いいや……!! それこそ譲れねェな!」
その闘いはもはや災害だった。互いにダメージを負っていないのに、周辺に与える損害は計り知れない。鳴り響く爆音がどれだけのヒトを殺めているのかも分からない。
「こりゃ、おれは補欠かね──ん?」
一方、ジョン・プレイヤーはとてつもない速度でこちらに接近してくる魔力を捉えた。
ルーシもクイン・ウォーカーも自分たちに集中し過ぎて気がついていない。
そして運命の分かれ道にふたりは突入した。
「譲れないのならば守ってみろ!! 守れないのならば奪われると思え!!」
「言われなくてもなァ!! 行くぞォ!!」
ルーシとクイン・ウォーカー。ふたりは一瞬行動を止めた。そしてルーシは金鷲の翼を背中に灯し、クイン・ウォーカーは天候悪化で降り注ぐ雷を従える。
この一撃で勝負が決まる。ルーシは呼吸を整え、しっかり照準を合わせた。
そのときであった。
「おまたせしました。クイーン」
……いつから1対1の勝負だと盲信していた? クイン・ウォーカーの供回りは3人いて、ひとりはまだ撃破していない。普段のルーシならば、決して味方の実力を過信しないというのに。
すなわち、それはあまりにも致命的なミスだった。
エイムを合わせようとしたルーシに、その子分は刃を突き刺した。
「……ああ」
なんの防御も行っていないルーシは、力なく地上へ落下していった。
しかしこの天使だか人間だか分からない信者も、ジョン・プレイヤーの敵ではない。ジョンは矢を放ち、その者を撃ち殺す。
「…………全部パーだ」
ジョンはそう言い放ち、どこか放心気味のクイン・ウォーカーに特大の弓矢を撃った。
その弓矢は一連の闘いで損傷を負っていたクイン・ウォーカー……しかも防御体勢でない天使を倒すには充分なものであった。
妙な静寂の中、クイン・ウォーカーは弓矢に突き刺されて血を溜め込んだ袋に成り下がる。やがて膨張し、その神に成りそこねた守護天使は爆散した。
歴史に残されるのは勝者だけ。敗者にはせいぜい「健闘した」。
そしてルーシはよく闘い、健闘した。要するに……。
ルーシ・スターリングは異世界にて、3度目の死を迎えたのである。




