兄を想って……
正直な話、ルーシはキャメルに勝てる。「黒鷲の翼」が数分程度しか展開できなくとも、その間にキャメルの魔術──スキルを操って確実に勝つことができるのだ。彼女より断然格上なクールですら、ルーシにはかなわなかったのだから。
「……さすがに10歳の姪っ子に負けるわけにはいかないわね。私にもプライドがあるから」
そんなことを話していたら、携帯ショップの前へたどり着いた。クールは意気消沈としながら、キャメルの後ろにいる護衛を見て、キャメルやルーシへ話しかける前に彼らへいう。
「おい……チクるんじゃねェぞ? 何度もいうが、おれァ親父とおふくろには会いたくねェんだ。ガチでな。オマエらはキャメルの護衛である以前に、一応おれの使用人でもあるはずだ。わかってるよな?」
「坊ちゃまのことは隠しておきますよ。当然娘様のことも。ですが、キャメルお嬢様にはしっかりと向き合ってあげてください。毎晩坊ちゃまの写真を見ては自慰行為を──」
「わーわーわーわー!! それ以上いわないで!!」
(……どういう家庭だよ。アニキは家族からバックレるし、妹はアニキとヤることを想像して×××××をいじくり回すし。おれだって元は富豪階級の生まれだが、こんなに歪んでなかったぞ? コイツら異常過ぎやしないか?)
「る、ルーシちゃんは、自慰行為なんて言葉知らないわよね?」
「ええ。まったく知りませんよ」嫌味な笑みを浮かべる。
キャメルは真っ赤になった顔と耳のまま、どこかへ去っていった。忙しい叔母である。
「よし、オマエらはキャメルの護衛にあたれ。おれは親子水入らずで携帯買ってくるからよ」
「承知しました」
そしてルーシとクールはようやくふたりになれた。
「……ああ、疲れたぜ。それにしても、オマエは罪なヤツだな。キャメルがあんなに歪んだ愛情を抱くほど放置していたんだろ? 私だったら親からバックレても、たまには妹へメッセージのひとつやふたつくらい送るがな?」
「しゃーねェだろ。正直、怖ェんだよ。ガキのころから、幼い妹がお兄ちゃん大好き、結婚する〜っていうような態度じゃなかったしな。あんときからアイツ、おれに恋愛感情を抱いてたみたいだし、ガチでめちゃくちゃ怖ェんだ。でも、オマエと接してるときはちゃんとお姉ちゃんらしいところ見せてたろ?」
「そうかい? 服のセンスはガキみてェを通り越して意味不明だったし、すこしいじってやったら学校にも好きな男がいるとも言っていたしな。あれじゃ、どっちが姉か分からねェよ」
ある程度素に近い(ただし性別と年齢が違う)状態で話せるようになったルーシは、キャメルの兄であるクールへ愚痴を投げる。彼は苦笑いを浮かべるしかなかった。
しかし、
「好きな子がいるのか。そりゃ良いことだ。おれや姉弟みたいな無法者は、まともに人を愛せねェからな。健全に成長してるようで大変結構。なんだかんだ嬉しいよ」
兄らしいこともいう。
「ま、オマエが嬉しいと思うんだったらそれで良い。とりあえずキャメルがいねェうちに私用携帯を買っちまおう」
「おれ、金持ってねェぞ? さっき賭け事してポーちゃんからもらった上納金全部溶かしちまった」
「私は持っているだろ? 30万メニーをよ。まさか幼女の持っているカバンのなかに、札束と煙草しか入っていないとは誰も思わないし、ある意味一番安全かもな?」
「拳銃はどこに入れてんだ?」
ルーシはスカートをすこしめくる。そこには、クールとの最後の撃ち合いで使用した安っぽい拳銃があった。
「なるほど。男だったらシャツとベルトの間に挟めば良いが、女の子の場合はこうするしかねェもんな」
「ああ、慣れているからなんとも思わんがね」
「けどよォ、さすがにこんな安いハンドガンじゃ、おれたちのボスとして格好がつかねェな。ポーちゃんの武器庫から良いのをもらってみれば?」
「そうだな。だが、まずは携帯がほしい」
そんなわけでふたりの無法者は携帯ショップへと入っていく。
「おお……」
ルーシは驚きを隠せなかった。近未来異世界、と自身で称したが、実際にここまで発展しているとは思ってもなかった。
まず前世で見たような携帯──スマートフォンは奥のほうへ追いやられており、子どもか年寄りしか使わないようなポジションに見える。
もっとも目立つ場所には、メガネのような物体と、腕時計のようなもの、全身が透明になっている携帯、そして実態はあれど折り畳める携帯や、丸く丸めた紙のようなものなど、到底2020年代日本、いや、世界を見てもあり得なかったものが置かれていた。
「最近の携帯はわけ分かんねェ。おれは昔ながらのヤツを使ってるけど……姉弟、いや、ルーシはどうする?」
即座に演技へ入り込む。
「そうだね……」
どれも興味が湧くが、なかでも腕時計のようなものと紙のようなものに心を奪われた。ルーシは腕時計型の携帯を右腕につけ、ホロライトのように腕へ画面が映し出されるのを確認した。
「……時計自体にも機能があって、拡張として腕へ画面をつけているのか。おもしれェアイデアだ。コイツは買っちまうか」
予算は潤沢だ。この携帯の値段は1000メニー。日本円換算で10万円ほどである。
そしてルーシは紙のような携帯へも触れる。
「……薄型が流行ってはいたが、ここまで薄いとはな。しかもかなり頑丈そうだ。引っ張ると画面が出てくるのか。しまうときはただの筒。こりゃ良い。これも買おう」
こちらは1200メニー。12万円ほどだ。
併せて2200メニー。当然一括で支払えるし、クールの子分が急ごしらえで作った偽装身分証明書にも問題はないようなので、このまま買ってしまおう。
「お父様、これとこれ買って」ルーシはさりげなく金をクールへ渡す。
「わかった。さっさと契約を済ませよう」
*
ルーシは新しいものが大好きだ。古いものに価値がないとはいわないが、身につけるもの──携帯電話や腕時計、服や靴は常に新作を買う。新作は旧作の悪いところを改善し、進化させているからだ。
そんなわけで、まさしく10歳の幼女らしく、ルーシは新しく買った携帯ふたつをいじくり回す。
「すげェな。ロスト・エンジェルスが発展しているってのは知っていたが、ここまでとはな」
「おれは海外に行ったこと数回しかないから知らんけど、まあ発展してるんじゃねェか? 正直、ガリアやブリタニカには行きたくねェなって思うしよ」
大国をはるかに凌駕する、いや、2020年代の10〜20年先を進むこの国では、ルーシは退屈しなさそうである。
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