文民統制の完全崩壊(*)
誰かが言った。悲鳴をあげているうちは大丈夫なのだと。
「へえ。意外と頑丈なようで」
クールは考えた。悲鳴が途切れたとき、勝利が確定すると。
「そうだなあ……炎に強ェのかもしれねェな。あるいは焼かれても死なないような術式を仕組んだとか? うーむ。だったら殴打するっきゃないか」
クール・レイノルズは単純な男だった。触れた瞬間、車が木端微塵になるほどの魔力を腕に注入して、ハンターへ1歩ずつ近づく。
「──いや、それこそがトラップってわけだ」
ただ、この男は冷静でもあった。握りしめていた拳を開き、彼はいまだ絶叫するハンターへ告げる。
「なあ。海外旅行したことある?」
「ぎゃッ!! ぎゃッ!! うわああああッ!!」
「おれは何回かある。案外楽しいぜ? ロスト・エンジェルスから出てみるってのもよ」
疑問を解消したくは、解決案を試すほかなし。
だからクールは、すっかりひと気のなくなったノース・ロスト・エンジェルスの中心街を吹き飛ばすことにした。
「マフィアが街守っちゃこの国も終わりだぜ」
魔力を持つ者からそれを強制的に奪い取り、凄まじい質量を持った攻撃を繰り出す帝王の魔法『カイザ・マギア』。
なぜクールがその必殺技を使わなかったのかを考えた頃には、もはやすでにすべてが遅すぎた。
魔力が集結する。幽霊のようなオーラが漂い、それらはクールの掌に収められた。
「まあ……実際おれがこの国のトップになるらしいんだけども」
辟易した口調で、クール・レイノルズは『カイザ・マギア』をハンターに撃つ。まるで電磁砲の砲弾になったかのように、ハンターは空高く飛んでいった。
あの幼女がこの国へ上陸してから、何度目かも分からないノース・ロスト・エンジェルスの危機は、膨大な負債を払う代わりに解決された。
「クールさん」
そして、クールの背後に誰かが立っていた。
「なんだよ? セブン・スターズか?」
「ええ、そうです。まさかおれの魔力まで抜き取れるとは。逮捕のチャンスだったのにな……」
クールは緩やかに振り返る。
どこかで見たことのある、アジア系の青年。名前はたしか……。
「逮捕? 逆だよ、逆。これからはおれがオマエらの逮捕権限を握るんだ」
「……は?」
「ロスト・エンジェルス現大統領スリーファイブには決断力が足りず、対抗馬だったジョーキーは変死体になって発見された。と、なればだ。誰かがこの国を引っ張ってやんなきゃ駄目だよな?」
クールはニヤリと笑い、魔力を抜かれて立っているのがやっとの彼の肩を叩く。
「名刺をつくったんだ。交換しておこうぜ。LTASのトップに立つ男の名刺なんて、そうそうもらえねェぞ?」
「クールさん、アンタまさか…………マフィアのくせして大統領になるつもりか!?」
「そうだよん」おどけやがった。
クールは名刺を青年の胸ポケットに入れ、早く交換を済ませようと指を動かす。
「……いよいよLTASも終わるんだな。文民統制崩壊どころの騒ぎじゃない」
「いや?」
クールはタバコを取り出し咥える。
「終わった時代を終わらせるんだよ。新たな世界のスタートだ」
バリイキってた癖に瞬殺されるハンターさん……




