ケーキより甘い話(*)
アークと合間見たキャメルは、ついに涙目になりながら彼女へ抱きつく。
「私は悪い子だったの……。お兄様があんなに怒る姿なんて初めて見たから……」
「慰めてほしいの?」
「お願い……」
遠くでテレビを見ているふりをしていたアロマは、「なかなかの変態っぷり」と嫌味を吐く。
「でも、ごめんね。ぼく女の子になっちゃったから」
「……え?」
キャメル・レイノルズは青天の霹靂を見たかのように、目を見開いた。
「お尻叩きくらいはできるけど、昔よりちょっと痛みが弱くなっちゃうかな」
なんやかんやとキャメルの相手をして数ヶ月。彼女がもっとも悦ぶ力で彼女をいじめていたわけだが、いまとなれば腕力が足りないかもしれない。
「アーク、貴方……」
「キャメルには話してなかったね。ぼく、ずっと女の子になりたかったんだ」
少年……いまとなれば少女アークは、清々しい表情で言い放った。
キャメルはアークの胸部に、女性的な膨らみがあることを知る。
「じゃあ、あの神経ガスを使った理由って……」
「そう。全部ぼくのエゴ」
アーク・ロイヤルは平然とした態度で言い放ち、続ける。
「キャメルは強くなるためにぼくの話に乗ったんだろうけど、そんな都合良いもの、ぼくが好むと思う? 自分自身を信じる身としては好きではないかな」
「……でも、貴方はアーク・ロイヤルよね?」
「そうだよ」
「私のお兄ちゃんになってくれるヒトよね?」
「お姉ちゃんだね」
キャメルはガクッとうなだれた。異性愛者であるキャメルでは、いまのアークを受け入れることは難しい。それどころか、アークがキャメルと嫌々付き合っているのは分かっているから、これをきっかけに捨てられるかもしれない。
複雑な感情が混ざり合い、結果キャメルはアークの胸の中でおいおい泣く。
「みんな私を傷つけるの……。私が悪いことのひとつやふたつをしてたとしても、こんな天罰みたいな目に遭わなきゃいけない理由ってなに? しっかり懸命に生きてるはずなのに……」
ここで彼女を哀れんで男性へと戻ろうと考えるのがアーク・ロイヤルだ。
実のところ、ルーシから渡されていた中和ガスはまだ自室に置いてある。
それを打つことで、一旦男性へ戻るのか、それとも女性でいられる時間を永久に喪失するのか。開けてみなければ分からない。
「キャメルは男子であるぼくが好きなんだよね?」
「……うん」
「だったら戻れる可能性に賭けてみるよ」
ケーキを食べながら、「このケーキより甘い話だなあ」とちゃちゃを入れたくなるアロマだが、ひとまずアークがそう決めたのならば邪魔立てする建前もない、と黙って座っていることにする。
「ちょっと待ってて」
アークはあの不気味な銀髪碧眼幼女の顔を思い浮かべ、なぜあのとき彼女は苦虫でも食いつぶしたような表情になったのかを考察する。
「……まさか、ルーシがぼくのことを好きなんてありえないよね」
スケコマシ体質の少女は、部屋の机に置いてあったガスボンベを咥えた。
しばらく低浮上です……




