さよなら、大統領候補ジョーキー氏
悪魔の片鱗。魔力をより効率よく使うために考案された魔術理論である。
ほとんどの人間は皮膚の外側に魔力を漂わせており、それを一点集中させることで様々な効果をもたらす。熟練者は腕や脚にまとわせてヒトを攻撃することで、砲撃でも食らわせたような大打撃を生み出すことすら可能だ。
また、漂う魔力は瞑想をするように集中すれば、動きの輪郭が見えてくるともいうし、果てには自分の力量とかけ離れた魔術の攻撃を喰らわない──自身に触れた瞬間溶け去るように仕組むことも可能。
それでは、その『悪魔の片鱗』を極めつつある者を見ていこう。
「てめェらに用はねェのに噛みつきやがって。私の寛大さを理解したいのか?」
銀髪碧眼の美形幼女ルーシは、ある男を徹底的になぶっていた。
「ま、死は救済とも言うだろう?」
左腕はちぎれて、右脚はどこかに飛んでいき、今度は左耳を掴まれて引っこ抜かれようとしている。そんな場面だ。
「なあ、ジョーキー……!!」
その幼女は目を見開き笑う。右の人差し指へ『悪魔の片鱗』を使って魔力をまとわせ、ルーシはジョーキーの目と耳を同時に奪おうとしていた。
「な、にが目的だ……?」
「その愉快な顔面を間近で見たくてね。だが、やはり殺意が抑えられなかった。この私を一瞬でも出し抜いた事実に腹が立って仕方ない」
MIH学園で一斉蜂起が始まったのは、元をたどればとこの男にかなりの原因がある。彼はインターネットを中心に始まった、終末論及び陰謀論を唱える者たちの集まり『クーアノン』が、神のごとく祭り上げる人物だからだ。
そして、ルーシは人間強化剤『SHA』の製造責任者だ。『クーアノン』が無視できない存在となった理由である。こちらも元をたどれば、軍事企業のトップであるジョーキーが発注してきたものだったりする。
そのため、ジョーキーはルーシの顔に泥を塗った形となる。他国で何百万人死のうが関係ないが、LTASという市場を荒らされてしまえば、資本家として解決に乗り出すのは当然だろう。
「まぬ、けなマフィアめ……。政、治家どもを味方につけて良い気になっているよ、うだが……この国の支配者は私なんだぞ……?」
「違う。この国の王位継承者はオマエではない」
凍りつくような冷たい口調であった。
ルーシはジョーキーの目に指を突き刺す。じゅわっ、と高温の棒を水気のあるものへ差し込んだような音がして、
「ひぎいッ!!?」
ジョーキーは悲鳴をあげる。
「ロスト・エンジェルスの支配人は、この国でもっとも高貴な血を引いている資本者だ」
同時に耳も引きちぎる。これでは、保健室にある人体模型を悪ふざけで壊した悪童のようだ。
「ご自慢の兵隊さんは私ひとりでノセたわけだし、オマエもいよいよ終わりだな。ほら、これに署名しろよ。大統領選挙からの撤退と、新たな候補の任命だ」
「誰が、す、るか……」
「ああ、左利きだったのか。そりゃ字も書けないわな。こりゃ残念。なら、音声入力するかい?」
ルーシはジョーキーを愚弄して面白がり、最後は50口径ハンドガンで頭を撃ち抜いて、彼をそのピエロのような人生から解放した。
ルーシはニヤリと笑い、鉄の匂いで満ちているジョーキー邸から出ていった。




