歴史を顔に見立てたとき
ルーシの見た目は銀髪碧眼の美人。だが、その評価には『幼女』も追加される。10歳の幼児と16歳か17歳。ルーシがパーラを同性愛者のロリータコンプレックスであると感じるのも不思議な話ではない。
「んー……。だってさ、ルーちゃんって転生者でしょ?」
「話した覚えはないが」
「表情とか目つきで分かる。たぶん実年齢はそんなに離れてないなって。だったら転生してきたのかなって」
「大正解だよ。よく物事を見ているな」
「あと、ブリタニカ語がきれいだし! LTAS語だったらガリア語とかゲルマニア語が混じってるもん!」
パーラは案外洞察力が高いのかもしれない。おそらく初めて会話したときから、ルーシが別の世界からこの世界にやってきた存在だと見抜いていたのだろう。それでいてルーシが特段語らなかったため、彼女は他人にもルーシ本人にもその推察を伝えなかったに違いない。
「もしかしたら、ルーちゃんって男の子だったのかもね!」
「レズビアンだろ? オマエは」ルーシは半笑いだ。
「たとえ違う世界で男の子だったとしても、もう女の子と変わりないよ! 心が身体に追いつこうと変化してるだろうし!」
「面白いこと言うな。精神構造が変わってきているかもしれないと」
「うん! だいたい私が女の子好きな理由って、男の子が性欲をむき出しにするのが嫌いだからだもん!」
前世、数多の女性と関係を持ってきた性獣に対する言い草とは思えない。パーラの哲学では、ルーシという性欲にまみれた存在は軽蔑すべき汚物なはずだ。
「だったら私のことを嫌うはずだがなあ……」
「え? なんで?」
きょとんとした顔でルーシを見てくる。なんでそんなことを口走ったのか理解できないような表情だ。
「だってルーちゃん性欲弱いじゃん! 流れ的にやらなきゃいけないからしてる感じあるけどね? それ言っちゃうと私のほうがやべーかも……」
自分で言っておきながらパーラは苦笑いを見せた。が、肝心なのはそこではない。
「……私が? この私が?」
「ルーちゃんの前世知らないし、性別も分かんないし、ルーちゃんにも分かんないかもしんないけど、たぶん迫られてばっかだったと思うよ! でもそれじゃ悔しいから、自分から迫ったことにしてる節あるもん!」
ルーシはパーラから目をそらし、タクシーの窓から流れる光景を眺める。
そんな銀髪の幼女を見て、パーラはあたふたし始める。触れてはいけない一線に触れてしまったかもしれないと、彼女は焦る。
「……パーラ。歴史は女の顔をしているんだ」
そういう雰囲気の中、ルーシは、ぼそりとつぶやく。
「人間は母から生まれてくる。生まれた娘はやがて母になる。その条理に逆らうことはできない。逆らえたとしても、この莫大な歴史をひっくり返すことはできないんだよ。だから、歴史というものは常に女がつくっている」
窓ガラスを見ながら、ルーシは溜め息を1回つき、続きを話す。
「その皇帝は、その独裁官は、その大統領は……みんな女がいなければ生まれなかった。私だってそうだし、オマエだってそうだ。歴史を顔に見立てたとき、その顔は絶対に女性だ」
パーラは首をひねるしかなかった。ルーシは時々、意味深長なことを口にする。




