我が妹、タイペイの帰還
その眠り姫は、ルーシのことなんて意に介さない。ただ寝ているだけだ。だが、その寝顔はルーシに安心感を与える。
「美人だな~。オマエの妹」
身長差的にルーシではお姫様抱っこというヤツができないので、代わりにクールがタイペイを抱っこしながらエレベーターへと向かっていた。
「オマエにもやれねェな。この子は」
「なら誰にやれるんだよ? おれら姉弟じゃねェか」
「コイツとおれも兄妹だ」
「ややこしいぜ」
その銀髪の幼女に成り代わった少年ルーシは、表面上は動揺していないように振る舞う。もっとも、わずかでも気を抜けば愛らしい微笑みを浮かべるので、クールにはすでにばれている。
「え、あの、この方が守護天使?」
ふたりからすればもはやまったく価値のない天使ヘーラーは、きょとんとした顔色になる。
「オマエが呼んだんだろうが。姉弟に恥かかせるつもりか?」
「え、そういうわけじゃないんですけれど……見た目と実年齢が一致しているから」
「ああ、ちょっと大人になったな。中学生くらいから高校生にはなった」
ロスト・エンジェルスで修羅の道を歩んでいる間にも、時間は過ぎていたのであろう。タイペイはやや大人びた顔つきと体型になっていた。17歳から18歳の間といったところである。
「つか、ポンコツメンヘラ。この子いつまで寝てるの? 時間制限あるんだろ?」
青天の霹靂……というわけでもない。死人は蘇らない。犯罪では何度でも奇跡を起こしてきたルーシも、ヒトを蘇らせることはできない。
それでもルーシは、タイペイを一瞥し、すでに名残惜しそうに唇を噛んでいた。
「知りませんよ。私の直属でもないし」
瞬間、刹那の出来事だった。
クールの腕からタイペイが抜け出し、彼女とさほど身長の変わらないヘーラーの顔を思い切り殴ったのは。
「うん、勉強不足だね」
のんびりとした口調だった。返り血に染まった右手でタイペイはヘーラーの胸ぐらをつかんだ。
「貴方、ノンキャリだよね? でもまあ、殴られても声あげなかったのはすごいよ。上に掛け合って昇格させてあげる」
ルーシとクールの表情は対照的だった。
口を大きく開き驚愕するクールと、鼻でその光景を笑うルーシ。
「凶暴になったみてーだな。タイペイ」
「ルーシ、勝手にいなくなってごめん」
そのコスプレのようにスーツを着ている幼女を見て、タイペイは頭を下げる。
「ぜひとも反省してくれ。許可なく遠くへ行かないようにな」
「努力するよ」
クールはやがてゲラゲラ笑い転げるように、
「すげェな!! なめた口はきけねェみたいだ!」
セリフと真逆にタイペイの肩を叩く。
「ルーシの仲間?」
「クールだ。天才的な馬鹿で男前の変人だよ」
「よろしくね」
「おーう」
そんなことを話しつつ、ルーシたちはエレベーターに乗ってしまった。
顔面を殴られて鼻がへし折れたヘーラーは、「どうして……」と泣き言をぼやくのだった。
さすがにヘーラーが可愛そうになってきたよ、おれは




