顔だけはかわいい幼なじみが、俺がフラれるたびにとびっきりの笑顔を見せてくる。
「よし、準備は完璧に整った……あとはコイツを捨てるだけだ」
そう呟き、俺は付箋がぎっしりと貼られまくった恋愛指南書「好きな人を確実に落とすためのヶ条」を男子トイレのゴミ箱に投げ捨てた。
なぜならこの本の第ヶ条に「最後はあなた自身の力です。この本を捨て、告白し、ダメだったらもう一度新品を買いましょう」と書いてあったからだ。まんまと策略にハマっている気がしなくもないが、とにかくこれでヶ条すべてコンプリートだ。
トイレを出て、一度リュックサックを下ろし、中からボトル入りのジャスミン茶を取り出す。飲む。おいしくない。しかし俺のバイブルに「モテる男は紅茶かジャスミン茶を飲む」と書いてあったので我慢だ。
ペットボトルをしまい、念入りに全身のストレッチを行う。深呼吸も忘れずに。
「さて……行くか」
俺はゆっくりと、一歩一歩確実に足を踏みしめ、佐藤さんの待つ二年四組の教室へ向かった。
☆☆☆
教室に残っているのはたったひとり。佐藤さんだ。おしとやかな性格で、趣味は読書。
——この一ヶ月、佐藤さんとお近づきになるため、俺は色々なことをしてきた。
オススメしてもらった本を、佐藤さんに見えるよう、わざわざ教室のド真ん中で大々的に読んだり、アマゾンレビューを継ぎ接ぎして作り上げたキメラ読書感想文を読書家ヅラで述べたり、放課後に図書委員の仕事を手伝うという大義名分で佐藤さんとの接触を試みたり、とにかく色々。
「宗谷……くん」
佐藤さんは、教室に入ってきた俺を見て顔を赤らめた。
いつもどおり本を読んでいる風だったが、今朝から読み始めたというその文庫本、ほとんどページが進んでいないのが遠目にもわかる。速読な佐藤さんならとっくに読破していてもおかしくないのに。
これはいける——俺は確信した。
「佐藤さん……」言いながら、俺は彼女に歩み寄る。
「……う、うん」
スー……ハー……。最後の一息。
「——あなたのことが好きです。付き合ってください!」
同時に、俺は勢いよくババッと頭を下げる。
言い切った。言い切ったぞ。あとはイエスの一言を待つだけ——
ファサッ……。
俺の頭上から何かが落ちる。しまった、リュックのポケット開けたままだったかもしれない。
いったい何が落ちたのか、その答えを確認しようとした瞬間——頬に、強い衝撃が走った。
「最っ低」
それだけ言い残し、佐藤さんは教室を後にした。
「え……?」
突然の出来事に、理解が追いつかなかった。
数秒おいて、やっと自分はフラれたのだと気づいた。
「なぜに……」
最っ低、最っ低、最っ低……その一言が何度も脳裏を駆け巡る。
ふと、あの瞬間、自分のリュックから何かが落ちたのを思い出す。
俺は足元に落ちていた「それ」を拾い上げた。
アルミ包装の、小さな袋。表面には「0.02mm」の文字が。
「こ、これは……」
その手軽さと性感染症を防ぐ安全性から、何世紀にも渡って世界で愛用され続ける、キングオブ避妊具——コンドーム。通称・ゴム。
俺はがっくしとその場に崩れる。
いざというときのためにカバンの中に常備しておいたのがアダとなるとは……。
こうして、俺——宗谷彗星の、高校生活十七度目の告白は、失敗に終わったのだった——
☆☆☆
下駄箱前でひとり寂しく靴を履き替えていると、トン、と誰かの手が俺の肩に触れた。
振り向けば、そこには「とびきりの美少女めあちゃん」が。
「人の脳内モノローグに介入すんな」
「えっへへー」
コイツの名前は室戸めあ。俺の幼なじみであり、悪魔である。小悪魔とかそういうかわいいのではなく、ただの悪魔だ。無駄に顔が整っているのが非常にムカつく。
さて、コイツのどういう点が悪魔なのかと言うと——
「この時間にこんなところでひとりぼっちってことはー、スーちゃん無事にフラれちゃったんだね? えへへ」
こうやって、俺がフラれるたびに笑顔で迎えてくれるのだ。
「無事ってなんだよ……。こっちは大惨事なんだが」
「なになにー? どんな具合にフラれたのか、恋愛マスターめあさんに聞かせてみ?」
はあ……ひとりで溜め込むよりはコイツにでも話したほうが少しはスッキリするか……。
俺は今起きたことを鮮明にめあに話した。
「——ひゃーっ! 最高だね」
「笑うなよ!」
「いやこれ笑い話でしょ完全に」
「違う! 同情せざるを得ない切なすぎる身の上話だよ!」
「んあ、そうなの? じゃあ……スーちゃん……かわいそうにねえ……」
「浅い同情はいらねえ!」
「情緒不安定なのかな?」
よけいに自分が不憫に思えてきた。あかん、泣きそう。
「もう俺はこのまま一生彼女ができないんだ……。彼女いない歴八十年で天寿を全うするんだ……」
頭を抱える俺に、めあは変わらず明るいトーンで言う。
「じゃあ、妥協してわたしと付き合うってのは?」
「……はあ? 妥協して付き合うなんて俺もおまえも楽しくないし、第一そんなのはひとりの男としていただけないわ」
「ふーん」
あれ、今のってマジレス案件じゃなかった? もしかして俺、軽いネタ発言を本気にしてド正論でねじ伏せようとするクソリプおじさんになっちゃってた? おいおいやべえぞ。
「…………そうこなくっちゃね、スーちゃん」
「え? 何がスーちゃんだって? ごめん聞こえなかった」
「なんでもないっ」
「……?」
まあなんでもいいか。
「スーちゃん、一緒に帰らない?」
「ああ、思う存分俺のフラれ武勇伝を聞かせてやろう」
「はたしてそれは武勇伝と呼べるのか」
ありがとうございました。
某水曜日の番組で、某黒い芸人さんがこっぴどくフラれたあと、を見ている他の芸能人たちがなんやかんやで彼を生暖かく迎え入れている様を見て、この物語が生まれました。
ということで、色々とよろしくお願いします。読者の皆さまのブクマや評価が作者の原動力と生命力に直結します。重ね重ねよろしくお願いします。