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センパイ、自宅警備員の雇用はいかがですか?【コミカライズ版2巻8/28発売!】  作者: 二上圭@じたこよ発売中
レールの切り替わる音がした

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06

「よう、昨日と比べて、一段といい面してんじゃねーか」


 昨日と同じ店、同じ席に田町はいた。


 それこそ酷い顔をしている私の顔が、どこまでも愉快そうに、楽しそうに酒の肴にしているのだ。


 それが凄く腹立たしく、苛立たしい。


 でも今は、なにも言い返す気力が湧いてこない。


 ただ奥歯を噛みしめ、溢れそうな感情をグッと堪える。それが今の私にできる、唯一の抵抗のように。


 まどかに付き添われなければ、ここまで来れなかっただろう。


 田町のように、昨日の場所に腰を下ろした。


「で、お望みのお話し合いはどうだった?」


「……っ」


 私にとって悪い結果に終わったのはわかりきっている。そんな挑発をするかのような一声だ。


「実は……」


 貝のように口をつぐみ続ける私に変わり、まどかが語り始めたのだった。


 あまり長い話ではない。感情を垂れ流すように語った私の話を、要点だけを捉えたもの。


 逐一うんうんと田町は頷いて、


「それは、わたしの幸せではありません……か」


 まどかからの話が終わるのを聞き届けて、田町はそう言った。


 納得げに、そして感心するように、


「なるほどね。あいつもまた、随分な皮肉を言ったもんだな」


 楓の言葉、その裏には真意があったと告げたのだ。


「皮肉……?」


「そ、皮肉だ皮肉。ガミ、わかるだろ?」


「ええ。こういう皮肉は好きよ」


 明神さんは愉快そうに口端を上げた。


「クルミちゃんはどうだ?」


 話を向けられたまどかは、動揺しながらも気まずそうに押し黙る。それが肯定を示す何よりの態度であった。


「というわけだ。当人だけがわかってないところが、絶妙なさじ加減だな。流石神童だ」


 けらけらと田町は笑いながら、グラスに口をつけた。


 どういうことかとまどかに顔を向けるも、気まずそうな態度は変わらず。迷った末に顔を俯けた。


 わたしだけが、わかっていない。


 そこに足りてなかった全ての答えがあると知ったのだ。


「ま、皮肉の解説なんて、しょうもねーことだが教えてやるよ」


 グラスを置きながら田町は言った。


「いいか、クソ姉。確かにあいつは、社会の正しいを全うできないから、俺のもとへ逃げ込んできた。たとえ間違っているやり方でも、できないことを求められる辛さや苦しみよりは、先のない未来。現実逃避をしているほうがマシだって、求めてきたんだ」


 それはわかっている。


 取り返しのつかない一歩手前。私が頼れなかったばっかりに、楓はそこまで追い込まれたのだ。


 その追い込まれた場所で楓は成長した。今なら将来について考えて、未来を見据えた人生を歩んでいける。楓自身の口から、それができると言ったのだ。


「でもな、今のあいつが求めているのは、もう現実逃避なんかじゃない。その目的が変わったんだ」


「目的が……変わった?」


「なんでも、俺と一緒に幸せになりたいようだ」


「あんたと……一緒に、幸せ?」


 言葉の意味がわからず、ただ顔が強ばるのを感じた。


「そうだ。俺のことが大好きで、愛してるから。恋と愛を掲げて、その幸せを大事に尊んでいるんだ」


 それが面白かったのか。田町の顔色は嘲笑に染まり、おちょくるような手振りを見せた。


 私をからかうための、バカにするための嘘。……ではないことくらいは、わかっていた。この男がフェアを掲げていると信じているからではない。本当だからこそ、計り知れないダメージを与えられることをわかっているからだ。


 それでも、私はそれを否定するよう緩慢にかぶりを振った。


「……そんなの、本物じゃない」


 真の恋や愛なんかでは決してない。だってそれは――


「そう、本物じゃない。未来のことを考えた優しさじゃなくて、楽で楽しいだけの、その場しのぎの甘さだけを与えてくれる俺を、『この人だけはわたしのことを理解してくれる』。その都合のよさから生まれただけの、依存心だ」


 今更語るまでもないというように、田町は鼻を鳴らした。


 わかっているなら、なぜそこまで得意げな顔をしていられるのか。子供の無知と純粋さにつけ込んでいるだけではないか。


「そんなのはな、あいつ自身が一番わかってるんだよ」


 それすらも楓は知っており、


「その上で、俺たちだけの閉じた社会(せかい)では、この依存心は真実の恋や愛。定義なんて言葉まで引っ張り出して、あいつ自身がそういうことにしたいって、決めたことなんだ」


 この想いの在り方は楓自身が定めたことだと。


「だから今のあいつの目的は、学校へ行きたくないでも、引きこもって甘えた生活をしていたいでもない。俺という間違いだけを認めてほしい。現実社会の正しいをちゃんと全うするから、その一線だけは譲りたくない」


 なんで、そこまでのことを軽々しく口にできるのか。


 楓が定義なんて言葉を持ち出して、自らの依存心を、真の恋や愛だと言い換えたのはわかった。


 でもこの男がそれを口にして、楓の本当の目的はこうだと言われても……それは全て、この男が自分に都合よく解釈したものとしか思えなくて……


「テメェはな、それをあいつの口から聞くべきだったんだ」


 こんなことを自分の口から言わなければならないことに、心底呆れたよう言い捨てたのだ。


「おいクソ姉。俺はな、あいつと話し合う機会をくれてやるって言ったんだ。なのになんでテメェは、あいつと話し合わなかった」


「それは……ちゃんと話し合おうとしたけど……」


「あいつが話し合いに応じてくれなかったってか? 嘘つけ。あいつはちゃんと言ってくれたんだろ? 『姉さんの考えを聞かせてほしい』って」


「……あ」


 ポンと、足りなかったピースが埋められた。


 あのとき、なんでそんな簡単なことを、私はしてあげなかったのか。


「だがテメェはそれをしなかった。自分の要求を一方的に言い放って」


 なんで考えもしなかったのか。あまりにも自分自身が愚かすぎて、


「『あなたはどうしたいの?』。そのたった一言を、かけてやらなかったんだ」


 あのとき浮かんだ失望の色の意味に、心が押しつぶされそうになった。


 自身の不甲斐なさで、また、楓を傷つけてしまったのだ。


「レナだってな、最初から認められるなんて思っちゃいなかったろうさ。それでも今まで顔を俯け、逃げ続けてきた相手と向き合える。話し合えるって、そんな期待を抱いていたんだ。ちゃんと望みを自分の口から伝えて、話して、話して、話して、お互いの譲れない最後の一線を、ちゃんとわかりあって、それからどうするか決める。それが話し合うってことだと信じて」


 睨めつけるようなその目は、


「失望しただろうな。ようやく話し合えるようになった途端、向こうは人の話を聞こうとしないんだ。そりゃ、レナもこう思うわけだ。そんな奴といくら話し合おうとしても無駄だってな」


 途端に小馬鹿にしたものへと変貌した。


 そういうことだったと、今更になって気づいたところでもう取り返しがつかない。あまりの愚かさに肩が震えた。


「なんでそんな簡単な言葉も出てこなかったのか、わかるか?」


 問いかけてくるその目には、どうせわからないだろと言っていた。


「テメェは社会が認めていないやり方で、幸せを得ている連中を見下してるからだ」


「……そんなこと、してない」


「してるんだよ、無意識の内にな。だからテメェは、あいつの話を聞いてやるなんて発想にいたらなかったんだ」


 そんなこと、していない。


 自分に言い聞かせるように、胸の内で繰り返す。でも今は、そんな自身の言葉すら信じ切ることができなかった。


「社会の正しい在り方を全うできるなら、それ以上の幸せはない。間違った方法で得ているものは、正しいを全うできないゆえの妥協の産物。それが人類共通認識だと勘違いしているから、正しいものを差し出せば、間違ったものを捨て喜んで飛びついてくると信じてやがる」


 心に蝕んでくる毒のようなそれを、振り払うようにかぶりを振る。


 違う……そこまで極端なことは、私は……と。


「世の中にはな、多数派が大事にし尊んでいる幸せはあっても、絶対的な幸せなんてものはない。多数派から外れた少数派には少数派なりの、幸せっていうのがあるんだ。奴らはな、そんな方法でしか幸せを得られないことに、嘆いているわけでも、悲しんでいるんでもない。かといって多数派たちに哀れんでほしいわけでもない。


 ただ、認めてもらいたいだけなんだよ」


 知っている。


 神の教えに則り、排斥されてきた人々がいる。神の死んだこの世界で今、彼ら類する存在が結びつき、一致団結して、自分たちの生き方を社会に組み込む。認めさせようと躍起になっている。


 私は恵まれている。


 なぜなら正しいことをしているだけで幸せになれるから。今この瞬間、多数派に正しいと認められていない、そんな彼らと比べて。……そう、思っていたのだ。


「でも、多数派目線から見れば、あまりにも形が悪い幸せだからな。それこそ見ていて気持ち悪い。許したくない。なぜなら、こんなにも自分の機嫌を損なうものが、この世にあってほしくないんだ」


 彼らの生き方が社会に正しいと組み込まれるまでは、多様性と認めなくてもいい。受け入れる義理はないんだと。


 ああ、確かにそれは、見下していると言われても仕方のないことだった。


「テメェの考える最高の文野楓の幸せは、まさにそれだ。俺のような間違った異分子はあっていいものではない。たとえ幸せという中身が伴っていても、あまりにも形が悪い。ルールやモラルを逸脱したその形は、私の機嫌をとてつもなく損なうものだから」


 そうだ。楓が帰ってきてくれる。私の考えるこれからの楓の人生に、この男はあまりにも余計であった。その恋や愛に中身(しあわせ)が伴っていたとしても、子供と大人というその形は、筆舌に尽くしがたい形の悪さであった。


「でもそんな中身をそのまま言葉にすると、あまりにも外聞が悪いから、無意識の内に形を整えた」


 言葉にしようとすらしていなかった、私の本音が暴き立てられた。


「あいつの皮肉の意味、わかったか?」


 全ての問題が……私が抱えている問題が俎上にあげられた。


「それは、わたしの幸せになる方法じゃありません」 


 私の考える最高の文野楓の幸せ。


「あなたが幸せになる方法です、だ」


 それを全うしている楓がいてくれることに、私は幸せを感じたかっただけなのだ。


「それをあなたのためを思って言っているの、なんて本気で言っているつもりでいるんだ。……ああ、本当に――」


 これでもかと嘆息を吐き出した後、


「自覚のない奴はタチが悪い」


 侮蔑と嘲笑が込められたその瞳に、ギロリと睨めつけられたのだ。

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百合の間に挟まるな! ~脅迫NTRもの展開を阻止した結果、百合の間に挟まれた件~
推しの百合営業系Vチューバーの間に男が挟まったばかりに、脳破壊された主人公が子供時代にタイムリープした話。
本編とその前日譚まで完結しておりますので、よろしければこちらもご一読ください。



コミック版が3月28日に発売、予約受付中!
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『センパイ、自宅警備員の雇用はいかがですか?』書籍版、発売中!
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― 新着の感想 ―
あなたはどうしたいの? 人の話を聞くっていうことができなかったですね 相手が話を聞く体制に入ったら自分のして欲しいことばかり あとは、相手にして欲しいことも聞かなかった 話し合い、なのに相手のこと…
[気になる点] クルミちゃんはなんで、必要な一言がわかってて、教えてあげなかったのだろうか?(タマがした約束に関係あります?)
[良い点] これ読んでて思うのが椛ちゃんも相当良い子なんだよなぁ…。 相手が(妹も含め)ひねくれ過ぎてて相性が悪すぎただけで。 [一言] いやでもここまで自覚がないのは誰も幸せにしないし、安い授業…
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