表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
センパイ、自宅警備員の雇用はいかがですか?【コミカライズ版2巻8/28発売!】  作者: 二上圭@じたこよ発売中
レールの切り替わる音がした

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

98/118

05

「楓。あなたが許してくれたのは嬉しい。でも……私が頼れない姉であったことには変わりないわ。頼れなかったばっかりに……今の道へ逃げ出してしまった。そのことについて、あなたたちを咎めるつもりはない。それがどれだけ虫のいいことか……散々、思い知らされたから」


 田町は言っていた。


 父さんに宣告をくだされたとき、楓は沢山の道連れを作るつもりだった。今更、楓がそんなことをするわけがないと、信じているわけではない。それが本気だったと今ならわかる。


 そうやって……楓は、その命を投げ出すつもりだったのだ。


 田町創という逃げ道がなければ、取り返しのつかないことになっていたかもしれない。それを棚に上げて、ルールを破ったのだから社会の制裁を受けろなんて、とてもじゃないが言えなかった。


「あなたが今、あの場所を大切にしているのはわかった。あの家での暮らしこそが、あなたが見つけた今の幸せであることも」


 私があの家に踏み入るまで、楓はずっと幸せであった。それを取り上げることが、どれだけ楓を苦しめ、辛い思いをさせるか。昨日楓に向けられた全てが、なによりの証明であった。


 それでも……今あなたが幸せならそれでいい。そうやって、このまま見過ごすわけにはいかなかった。


「だけど、今は幸せかもしれないけど、それがいつまでも続く保証なんてない。なにかの拍子で崩れ落ちたとき、そこから立て直そうとするのは、とても厳しいことなの」


 だってそこには、未来の保証がされていない。考えられていないのだ。


「この社会はやってこなかった……積み上げてこなかった者に対して、とても厳しくできている。それどころか、真面目に生きていれば報われるなんていうのが、ただの幻想にすぎないほどに、優しくないものなの」


 生まれたときからスタートラインが違う。


 与えられていた才能(どうぐ)がまるで違う。


 どれだけ覆い隠そうとも、綺麗事(ヴェール)を取り去った先には、口にしてはならない社会の現実(ほんね)が隠されている。


「だからちゃんと、未来を見据えて積み上げてほしい。将来、就きたい職業があるのなら、それを目指しても構わない。でも……それがまだないと言うのなら、ちゃんと大学までは卒業してほしい。理想を言わせてもらえば、私と同じところを受けてほしい。


 いい大学に通うことが、そのまま人生の幸せに直結するとは言わないわ。でも、それが一番わかりやすい社会の実績だから。それを積むことを、目先の目標にしてほしいの」


 とりあえず定めた目先の目標。私と同じところを受けろなんていうのは、かなり無茶な話である。それこそ生まれたときのスタートラインと、与えられた道具がものを言う。それだけでもまだ足りず、寝る間を惜しむほどに努力をした者たちが、ようやく届くかどうか。


 それでも楓なら、やる気さえあれば簡単に届くものだと私は知っている。なにせ遊びの片手間で、私を難なく追い越す器なのだ。一年半以上の遅れなんて大したことはないだろう。その上で現役合格なんて結果を求めたりはしない。


 自分の足で歩いて、人と関われると自分で確信するまで、いくらでも時間をかけるつもりだ。


「そのためなら、あなたが頑張れる場を私はちゃんと整える。父さんとは今後一切関わらなくていい。明日の心配や不安もないよう、しっかりとサポートする。もう……嫌がる手を無理やり引こうとなんてしないから」


 同じ過ちを繰り返さないと誓うから、


「将来について考えて、未来を見据えた人生を歩んで……そこで、あなたの幸せを見つけてほしいの」


 どうか戻ってきてほしいと願ったのだ。


 こうして楓に求めているのは、いつもの学校へ行きなさいと変わらない。それでもいつもと違うのは、楓が顔を俯けず、黙って私の目を見ていること。


「姉さん。そこまで甘えさせてもらえるなら、姉さんと同じところを受けて、大学はちゃんと卒業します」


 そして今まで一度も振らなかった首が、縦に動いたのだ。


「人と関わるのはすぐには難しいかもしれないけど、それまでにはちゃんと間に合わせる。今のわたしなら、将来を見据えた人生を……姉さんの期待に、応えることができると思う」


 薄っすらと、しかし確かな微笑みが浮かんでいた。


 ああ……と、声と共に涙が溢れ出しそうだった。


 ようやく求めていたものに手が届いた。ずっと届かなかったものに……ずっと噛み合わなかった私たちの関係、その溝が埋まるのを感じたのだ。


 話し合えばちゃんとわかりあえる。


「それで……」


 そんな、思い違いをしていたのだ。


「姉さんの話は……聞きたいことは、それで終わり?」


 浮かべられた微笑みを、額面通りに受け取っていた。その裏に宿っていたものに、すぐに気付けなかった。


 不安と期待。


 その二つが同居していたのだ。


 それで終わり。


 私の伝えたいことは全て伝えた。……でも、それで足りなかったのは明らかだった。


 言葉を探した。


 今、この瞬間こそが、私たちの関係を大きく変える。間違ったことは言えない。


 なにが足りなかったのか。


 それを探しているこの頭は、真っ白で……


「そう……ですか」


 いつまで経っても、なにも動かないこの口を見て、


「姉さんの考え……してほしいことはわかりました」


 楓の顔が失望に染まっていった。


「わたしのためを思って……未来の幸せを考えてくれたのは、よくわかりました」


 足らないものを埋められなかったばかりに、


「姉さん」


 もう取り返しのつかないと悟ったのだ。


「それは、わたしの幸せではありません」


 楓はそうやって、悲しげに微笑んだ。


「わたしが聞いてほしいことは、それだけです。これからわたしがどうすればいいか……後はセンパイと話し合ってください」


「ま、待って……」


 水底で喘ぐように、右手を楓に伸ばしていた。


 終わってしまったものを求めるように、取り返し方なんてわかっていないのに。そうすれば楓のほうから、もう一度手を伸ばしてくれると勘違いするかのように。


 でも、楓からは手が伸びることはなく、


「お願いします姉さん、これで終わりにさせてください。これ以上話していたら、また……」


 辛く、苦しく、それでも涙を堪えるような感情を差し出された。


「もう姉さんを、嫌いになりたくない」




     ◆




 世界が茜色に染まっていた。


 そんな昨日と同じ夕暮れ時、同じ場所で、わたしは黙って耳を傾けていた。


 親友の口からポツポツと語れる、姉妹の話し合いの一幕。


 なにが間違ったのか、ではない。なにが足らなかったのか。それがわからないの、と今にも泣き出しそうな顔で椛は語っていた。


 それっきり、椛の部屋に閉じこもった楓ちゃん。


 一年半以上も姿を眩ませていたその身体は、今は扉を隔てた向こう側。ドアノブを捻ればすぐそこにいる。手が届く場所にいるというのに、二人を隔てた心の距離は、失踪前より大きく隔てたものとなった。


 なにが原因で、なにが足りなくて、こうなってしまったのか。


 わたしは、その答えはすぐにわかった。


 本当に……本当に簡単なことなのだ。足りなかったのは、たった一言。


 簡単であるからこそ、正しくあり続けられた椛には、それが出るのが難しかったのかもしれない。


 わたしは手痛い失敗を繰り返してきた。


 今振り返ったら、目を覆いたくなるほどの黒歴史。それこそなかったことになるのなら、どんなにいいか。


 だけどあの瞬間に得たものは、間違いなく本物だった。それ以上のものなんて、未だに見つからない。


 それを椛に告げることは簡単だ。


 でも……


『それだけは約束する』


 昨日、椛たちがお店を出て、二人きりになったとき、タマさんは約束してくれた。


 わたしは椛の味方である。


 たとえ相手がタマさんでも、椛を傷つけるのは許せない。なにがあっても最後まで、椛の望みを優先する。


 椛のためを思うなら、


「椛。このままこうしていても、なにも変わらない」


 今はその約束に縋ることが、正しい選択だと思ったのだ。


「タマさんのところに行こう。そこで全部終わらせよう」


 また椛が辛くて、苦しい現実を突きつけられるのをわかっていながら、


「大丈夫、わたしはなにがあっても、椛の味方だから」


 わたしは椛を連れ出すことに決めたのだ。


 ふと、かつてのタマさんの話を思い出した。


 この社会で糧を得るためには、額に汗を流さなければならない。


 それがわたしたちの祖先が犯した罪、それに対しての罰。


 それに則るなら、辛くて苦しい思いを乗り越えた先には……ちゃんと、それに相応しいものが待っているのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。



百合の間に挟まるな! ~脅迫NTRもの展開を阻止した結果、百合の間に挟まれた件~
推しの百合営業系Vチューバーの間に男が挟まったばかりに、脳破壊された主人公が子供時代にタイムリープした話。
本編とその前日譚まで完結しておりますので、よろしければこちらもご一読ください。



コミック版が3月28日に発売、予約受付中!
i000000



『センパイ、自宅警備員の雇用はいかがですか?』書籍版、発売中!
i000000
― 新着の感想 ―
残念、辛くて苦しい思いを乗り越えた先にそれに相応しいものが待っているとは限りません…
[一言] 正直この神童ちゃんならメイド王として主婦業をしながら在宅ワークでそれなりの稼ぎを得るぐらいは出来そうなんだが。 社会的経歴を積み重ねんでも銭金を生み出す手段なんて幾らでもあるし、銭金さえあ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ