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センパイ、自宅警備員の雇用はいかがですか?【コミカライズ版2巻8/28発売!】  作者: 二上圭@じたこよ発売中
レールの切り替わる音がした

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04

 楓を連れ帰る。


 そんな当初の目的は達したが、問題はなにも片付いてはいない。


 楓を確かにあの家から連れ出したが、私たちはなにも話し合ってはいない。家までの道中、楓は一言も口を聞かず、言われるがまま首を小さく振るだけで、黙って俯いたままだった。


 今までどうしていたかとか、元気にしていたかとか。他にも取り留めもない、話したいことは沢山あった。


 でもこの喉は、必要以上に震わすことはなかった。


「絶対に許さない」


 聞いたこともない楓の声が、今もベッタリ耳にこびり付き、離れることがなかったから。楓が口を開けば、またその音を紡ぐのではないかと怖かったのだ。


 家を出る際、楓は昨日の私服に着替えた。ビニール袋に僅かばりの荷物を携えて、部屋から出てきたのを見て、


「荷物はそれだけ?」


 明神さんはそう言うと、


「はい。すぐに帰りますから」


 視線をそちらに向けながら、楓の意識は私に言い聞かすように向いていた。


 そうして楓を連れ、自宅に帰ってきた。


 ついに話し合う瞬間が訪れた。


 どうやって話を切り出すべきか、その答えを出せないまま、その場に立たされたのだ。


 でも、


「今日のところは、休ませてください」


 重い口を開いた楓に、私はただ言われるがまま受け入れた。


 自分の部屋を与えて、リビングで一人になったとき、ホッとしている自分がいた。頭が熱っぽく、そして真っ白のまま、楓との話し合いにならずよかったと。その日は結局、明日からのことを考えている内に、ソファーで眠ってしまっていた。


 次の日、起きると十一時を回っていた。


 こんな遅くに起きるのは、それこそ体調を崩していたときだけ。昨日、突きつけられた現実は、それほどまでに精神を消耗させていたのかもしれない。


 シャワーを浴び、身だしなみを整えリビングに戻ると、楓がソファーに座っていた。


「あっ」


 お互い、目を合わせるとそんな声を漏らした。


 お昼前だが『おはよう』こそが、今日の初顔合わせの第一声に相応しいが、それも出てこない。代わりにしどろもどろに、シャワーを浴びるかどうか勧めたら、「はい……」とだけ楓は応え、私たちは入れ替えとなったのだ。


 それがまるで、楓を向き合うまでの時間稼ぎのように思ってしまった。


 リビングのテーブル前に、ただジッとしていて……戻ってきた楓が対面に座ることで、ついにそのときが訪れたのだ。


「姉さん」


 お互いの内情。そんな探り合いをする無言の間もなく、


「わたしは……ずっと姉さんを恨んできました」


「っ……」


 楓は話を切り出した。


 胸が抉られるような痛みが走る。


 真っ直ぐと見据えてくる楓の目。それから逃げるように私は顔を俯いた。それこそ糾弾されることから逃げるかのように。いつも私たちがしてきたことの、真逆を行っていたのだ。


「あの人に死刑宣告をされたとき……姉さんに助けを求めることを考えました。姉さんなら覆してくれる。わたしのことを助けてくれるって」


 楓の口ぶりは淡々としたもので、強い感情がこもっていない。ただ、父さんをあの人と評したのは、あれを親と呼びたくないという表れかもしれない。


 もし、あのとき楓が頼ってくれれば、私は必ず父さんの宣告を覆す。確かに楓は引きこもり、学校へ行けない問題を抱えてはいたが、それであんな酷い仕打ちを下すなんて、どう見積もっても許せるものではなかった。


「でも……最後には必ず、姉さんが求めてくることがわかっていたから……もう救いはないとわかったから、わたしは現実から逃げ出したんです」


 そう、私が最後に求めることは、いつだって正しい(おなじ)こと。それができないから辛くて苦しんできたのに……


 私が頼れない姉だったばかりに、取り返しのつかない一歩手前、楓は社会的に間違った(ゆるされない)手段を選ぶしかなかった。


「姉さんがわたしのことを、世界で一番想ってくれているのはわかっていました。わかっていたから……わかってほしかった」


 激しい感情が声に乗らないのが、一層痛々しく胸に刺さる。他人行儀な敬語がただ、無邪気に慕ってくれていた頃とは、もう違うんだと現実を物語っていた。


「わたしは……未来のことを考えて優しくしてほしかったんじゃない。ずっと……姉さんに甘えたかった」


 私は楓の未来を思い、優しく諭し続けてきた。でも、そこに甘えなんてものひとかけらもなかった。


 甘えを許したくなかったのではない。功を焦るかのように、一日でも早く、楓を社会(がっこう)へ戻すことしか考えていなかったのだ。


「自分が一番悪いのはわかっていました。わかっていたけど……その全てを棚に上げて、いつしか心の中で恨み言を吐くようになっていたんです」


 自らを抱きしめるように、楓は胸元で拳を包んだ。


「なんで姉さんは、わたしのことをわかってくれないの? って」


 僅かにかすれたその声こそ、初めて見せた楓の感情(おもい)だった。


「そうやって同じことしか繰り返さない姉さんのことを、段々嫌いになっていって……大好きだったから……それがなにより辛くて、苦しかったんです」


 大好きだった。


 楓の辛さと苦しみと共に、過去に置き去られた想いが、ただ重くのしかかった。


 俯いたこの顔が見えているのは、首元から下だけで。楓が今、どんな顔を浮かべているのか見る勇気がなかった。


「でも、これは仕方ないことだったって、逃げ出した先で教わりました」


 それでも顔を上げたのは、話の雲行きが変わったから。あれだけ現実から目を背けていたにも関わらず、それに飛びつくようであまりにも現金であった。


「わたしにとって、どれだけ偉大で、尊敬して、自分がなりたい理想であっても、姉さんもまた、ただの子供にすぎなかったんです」


 あの楓が、私をただの子供にすぎなかったと評した。


 その思考の帰結はきっと、あの男に与えられたものだろう。


「大人から与えられた正しいを、完璧に応えてきた人だから。あれ以外のやり方を知らなかった。それを知る機会すら得られずに、育った子供だったんだって」


 私がずっと、正しいと信じてきたやり方。なにも生み出せなかった方法。


 今振り返れば、もっとマシなやり方があったはず。それこそ楓にとって社会の窓口であり続ける。良いことも、悪いことも、なにかあれば遠慮することなく、臆することなく話し合える相手として。ただそれだけで、結果は大きく変わったかもしれない。たとえ高校へ行けず、父さんに同じ宣告をくだされたとき、楓は私に助けを求めてくれたかもしれない。


 でも、そうはならなかった。ただ楓を最短距離で学校へ戻すことしか考えなかった。それだけで全てが解決すると信じて、それ以外のやり方を知らず、知ろうという考えにも至らなかったのだ。


「わたしのことをわかってくれなかったんじゃない。姉さんなりに、大人から与えられたものだけで、必死になってわたしのことを考えてくれていた。ただ……その結果が、こうなってしまっただけ。


 だから、姉さんを恨むのは筋違いだったんです。……ううん、姉さんを恨まなくてもいいんだって、わかったから」


 楓はそんな無知であった私を、仕方のないことだったと許してくれたのだ。


「姉さん、こんなわたしのことを見捨てず、なんとかしようと頑張ってきてくれてありがとう。上手くはいかなかったけど、姉さんがわたしのことを誰よりも想ってくれているのは、ちゃんとわかってるから」


 その顔が私からは見えなくなった。


 いつものように、黙って俯いたのではない。


「沢山心配かけて、ごめんなさい」


「楓……」


 私に頭を下げ謝ったのだ。


「昨日はいきなりのことだったから、あんな風に取り乱しちゃったけど。今はちゃんと頭が冷えたから。今のわたしはちゃんと、姉さんと向き合って話し合える」


 次に見せてくれたその顔には、自信が宿った晴れやかなもの。


 それを見て、胸の痛みと宿った不安が、全て拭い去ったかのように軽くなった。


「だからわたしにこれからどうしてほしいのか。姉さんの考えを聞かせて」


 話し合う機会さえ得られれば、ちゃんとわかってもらえる。またやり直せるんだと。


『どうやら話し合う場さえあれば、自分が思い描いた通りになる。そんな勘違いをして今日という場を臨んだようだからな』


 あの言葉の真意を忘れ、考えようともせず、ポンと眼の前に差し出された希望に、目が眩んでしまったのだ。

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百合の間に挟まるな! ~脅迫NTRもの展開を阻止した結果、百合の間に挟まれた件~
推しの百合営業系Vチューバーの間に男が挟まったばかりに、脳破壊された主人公が子供時代にタイムリープした話。
本編とその前日譚まで完結しておりますので、よろしければこちらもご一読ください。



コミック版が3月28日に発売、予約受付中!
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『センパイ、自宅警備員の雇用はいかがですか?』書籍版、発売中!
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― 新着の感想 ―
とりあえずまずはごめんなさいしろよ… 私が悪かったですくらい言えよ… 勝負って時点で履き違えてるんよ ちゃんと話そうよ…
[気になる点] 不穏フラグが・・・
[良い点] 完全に向こうのペースに持ってかれて…… 姉さんの心壊れちゃう…… タマに完敗したのに弟子のレナに勝てるわけないだろういい加減にしろ!
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