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センパイ、自宅警備員の雇用はいかがですか?【コミカライズ版2巻8/28発売!】  作者: 二上圭@じたこよ発売中
レールの切り替わる音がした

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02

 一体、なにが起きたのか。


 目の前に広がる光景は、それほどに意識を混乱へ導くものだった。


 起きていることを簡潔に説明するなら、抱腹しながらカウンターを何度も叩いている者が出た。ただそれだけのこと。


 ただ、それを珍しくないものとして受け入れることができないのだ。まどかもそれは同じであり、ポカンと口を開き狼狽えていた。


 日常の風景のようにそれを受け入れているのは、この場において田町一人であった。


「いいのか、こんなところで本性晒して?」


「あー、よくはないが、ダメだ……んなの笑うに決まってるだろ!」


 ギャハハハ! と再びその人は、カウンターを叩いている。ついには立っていられず、カウンターの中に沈み込んでしまった。


「ま、マス、ター?」


 恐る恐る沈んでいったその人――マスターをまどかは呼んだ。


 ハッと目を奪われるほどの妙齢の美女。余裕ある優雅な面持ちは、今は見る影もない。女としての立ち居振る舞いを投げ捨てたかのような、それこそガサツな男みたいだった。


 ようやく立ち上がったと思ったら、空のグラスにビールを注ぎ始めた。それを田町のもとへ……引き渡すことなく、一気に呷って空にしたのだ。


「あー、美味ぇ! 最高な酒の肴だな!」


 マスターは男らしく、手の甲で口元を拭った。唖然としている私たちなど見えていない風だ。


 愉快そうにビールを新たに注ぎ直している。


「あ、あの……」


 まどかはおずおずと、また声を発する。


「ま、いきなりこんな姿を見せられたら動揺するよな」


 それに応えたのは田町だった。


「でも、これがガミの本性だ。決して憧れていい女なんかじゃない。というか、女ですらない」


「……へ?」


「実はこいつの正体は、人体改造を施した男なんだ」


 勿体ぶることなく、あっさりと田町は種明かしをした。


「男……?」


「明神幸之助だ。改めてよろしくな、クルミちゃん」


 マスター。明神さんなる人は、自らの身の上を否定することなく、そして女と騙ってきたことを悪びれることなく、けらけらと笑っている。


「で、なんで田中も道連れだって話だったが」


 今日の話の主題、筋には関係ないとばかりに、明神さんに向けられた話題を田町は正した。


「ネタだよネタ。ネットのコピペ、面白話。あいつはそれを引っ張り出して、『ここで田中を道連れにしたら、理不尽すぎて面白いだろうな』って、それだけの理由で道連れにしようとしてるだけだ」


「面白いって……」


 到底理解できない思考のプロセス。


「人の命を、なんだと思ってるのよ」


 楓が言ったことだということも忘れるほどに、この顔が不快に歪んだ。


「エンタメだ」


 ピシャリと、田町はおかしそうに言い切った。


 楓がそこまで人として、許されない考えを持っていることが、ただ信じられない……いや、信じたくなかった。


 それが顔に出たのか、


「あいつはそういう奴なんだよ」


 そんなことも知らなかったのかと、田町は鼻で笑ったのだ。


「そもそも人間形成の大事な時期に、学校にも行かずに引きこもってきたんだ。社会への窓口がネットだけ。そんな奴が、社会の示すまともなんかに育つわけがないだろ」


「ま、おまえに出会わなかったら、少しはまともに育ったかもな」


「シャラップ、ガミ!」


 余計な茶々を入れる明神さんを、睨めつけながら空のグラスを差し出した。


「それなのにテメェは、自分の妹だけはそんな風に育たない。人の心を慮れる、幼い頃のままだと信じてたのか? ……信じてたんだろうな。それこそタチの悪いカルト宗教の信者のように、盲目的にな」


 薄ら笑いを浮かべる田町は、物を知らぬ子供を見下すようだった。


「そりゃ、噛み合わないわけだよな。なにせ現実を見る気がないんだ。いつだってその目が見てるのは過去にだけ。そんな目で未来を見据えた優しさをとか、滑稽すぎだろ」


 言い返そうにも、この口はなにも動かない。


 だってその通りだから。


 楓は大人しく、弱々しくあれ、その胸の内には誰かを慮る優しい心が、幼い頃から残り続けていると信じていた。


 でも、それが幻想だという事実は、既に突きつけられている。


 ウォーリーを探さないで。


 あれでまどかと私は、酷い目にあった。あれにあったのは遊び心。それも人を弄ぶ類のもの。


「唯一自分を思ってくれている相手が、この始末だ。黙って俯いていた顔の裏で、どんな思いで苦しんできたかわかるか? できるならとっくにやっている。それができないから辛いってのに、テメェは正しい(おなじ)ことばっか繰り返しやがる」


 そう……私はいつだって、楓に正しい(おなじ)ことだけを求めてきた。


 私ができることくらい、楓なら簡単にできる。やればできると、楓のことを過大評価していた。そうやって私が見ていたのはいつだって、楓に宿った溢れんばかりの才能だけ。その心に目を向けていなかったのだ。


「辛い辛い、苦しい苦しいって。自分が一番悪いのはわかっているけど、なんで姉さんはわたしのことをわかってくれないのって。世界で唯一残っている、大好きな相手に、心の中で恨み言を吐くはめになったんだ」


 区切り区切りを、強調するように田町は語った。


 こみ上げてきたものを無理やり飲み込んだ。


 これだけのことを言われて、わからないなんて通らない。


「おい、聞かせろよ。大切な妹を、正しいって真綿で首を締めてきた、その気持ちをよ?」


 楓の心を一番傷つけてきたのは、私だったのだ。


 私のことを、大好きだと思っていてくれたからこそ、理解を示さず酷なことだけを求め続けてきた。


「それとも聞かせてやろうか? あいつがどんな思いで、俺のもとを訪ねてきたのか? 顔も名前も歳もわからん、大人の男のもとに、どんな覚悟でやってきたのか。助けてくれなんて、甘いもんじゃなかったぞ。どうせ死ぬんだから、その前に現実逃避がしたいって」


 酸素を求めるように喘ぐ。でもそれを音にしてしまったなら、飲み込んだものが目頭から溢れ出てしまう。それを必死に堪えていた。


「身体を差し出すからお願いだって、自分をろくに出せない子供が、そんなことを言ってきたんだよ」


 そこまで……そこまで楓は追い詰められていた。


 私の中に溜まっていたものを抑えつけるのに、もう、限界だった。


 目を閉じ、耳を塞ぎたい。そんな衝動にかられていた。


「それもこれもテメェが、あなたのためを思って言っているの、ってしか言わないから。頼れないクソ姉だったばっかりにな!」


「もう止めて!」


 店内には甲高い悲鳴が響いた。


 心の軋みが限界を迎え、抑えきれなくなったもの……ではなかった。


「タマさん……言ってましたよね?」


 震えるほどに叫んだのは、この喉ではない。まどかだった。


「椛が……学校で正しいだけを教えられた子供に、楓ちゃんみたいな子を導くなんていうのが酷な話だって」


 その声は水気を帯びた、今にも泣き出しそうなものだった。


 一歩、一歩、遠い場所へ進むように、まどかの足は田町のもとへ進んでいた。


「楓ちゃんをどうにかできたのは、大人だけだって……だから親が悪い、社会が悪いでいいんだって」


「ま、確かに言ったな」


 私に対するものより、田町の声音は和らいだ。


「なら……!」


「でも、今日までレナを一番苦しめてきたのは、そこのクソ姉だって現実は変わらないんだよ」


 けど、その勢いまでは止まることがなかった。


 まどかに向けていた目は、すぐに私を捉え直し、嘲笑の色を宿したのだ。


「そうだそうだ。昨日、あいつがテメェの面を見つけた後、大変だったんだぞ。なにせ泣きながら眠って――」


 パン、と乾いた音がした。


 暴力的に、攻撃的な、肉を叩く音。


 私に向けられていた田町の顔は、いつの間にか明後日の方向へ。


「……いくらタマさんでも、これ以上そんな風に……椛を責めるのは許さない」


 振り抜いたその手の痛みか。まどかが涙声で宣言した。


 抑えきれない嗚咽が、ボロボロと泣き出しているのが感じ取れる。


 まどかは一年以上も、恋をしてきた相手にビンタをしたのだ。追い詰められていた私のために。この店に踏み入る前にした約束通り、私の味方として。


「あーあ、泣かしちまったな」


 明神さんがそんなまどかを見て、おかしそうに言った。まどかをバカにしているのではなく、友人がどんな反応をするのか楽しむように。


 田町は打たれた頬を擦りながら、


「流石にくるみちゃんを泣かしたのは、罪悪感が湧くな」


「なんだ、おまえにそんな素晴らしい心が宿るのか」


「これでも宿るんだな。俺もビックリだ」


 軽薄におどけて肩をすくめた。


 それは言葉だけではなく、本当に感じているのか。まどかを慮るように一瞥した後、


「ま、しょうがない。くるみちゃんの涙に免じて、テメェに話し合う機会をくれてやる」


 挑戦的に私に視線を投げたのだ。


「どうやら話し合う場さえあれば、自分が思い描いた通りになる。そんな勘違いをして今日という場を臨んだようだからな」


 身の程知らずを嘲笑うように田町は鼻を鳴らした。


「悪いがガミ。こいつに着いて、俺んちまで行ってくれ」


「別にいいが……なんだおまえは行かないのか」


 急に話を振られた明神さんは、意外そうに目を丸くした。


「その場にいたら、レナは俺に縋ってくる。そして任せてくるだろうからな。そうなったら、こいつの望んでるお話し合いにはならんだろ。こいつには、現実を見てもらわんとな」


「いいのか? おまえがいないならいないで、パニックでも起こすんじゃないのか?」


「俺の帰りを当たり前のように待ってるからな。ま、十中八九起こすだろうな。だから伝言を頼む」


 ポケットから取り出したのか。家の鍵と共に、田町はそれを差し出した。


「辛くて苦しい真似なんて、したくないのはわかってる。でも、ここが幸せを得るための踏ん張りどころだ。ちょっと話し合ってこい」


 その声音は、今日一番の優しさを秘めており、


「大丈夫だ、今のおまえなら、ちゃんと話し合える」


 揺るぎない信頼を寄せたものであった。それこそ私たち姉妹の関係性、その差を見せつけるかのように。


「後。おまえを正規雇用したときの約束は、ちゃんと守る。それだけは絶対に破らんから安心しろ。そう伝えといてくれ」


「わかった」


 田町の伝言を受け取って、明神さんは首肯した。


 約束。


 それがどんなものかはわからない。でも、お互いにとって大切なものである。そう感じ取った。そしてそれこそが、二人を結ぶ絆のように。私と楓の間に失ったものを、強調するかのようだ。


「テメェの都合がいいように、お膳立てはしてやった。だがな――」


 田町はこちらをギロリと睨む。


 そこにはもう、侮蔑も嘲笑もない。


「いいか、クソ姉。よく覚えておけ」


 楓が苦しみ、辛いを思いをするのをわかっているから、私を前もって責めているものだ。


「もうレナにとってテメェは――」


 そしてこれから待ち受けている、正しい現実を告げるだけのものだった。


「幸せを脅かす、血が繋がっているだけの敵なんだよ」

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百合の間に挟まるな! ~脅迫NTRもの展開を阻止した結果、百合の間に挟まれた件~
推しの百合営業系Vチューバーの間に男が挟まったばかりに、脳破壊された主人公が子供時代にタイムリープした話。
本編とその前日譚まで完結しておりますので、よろしければこちらもご一読ください。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 本当にろくでもない大人VS正しさを盲目的に信じる少女 そりゃあ勝負になりませんわ VSタマでフルボッコにされたけどお友達に免じて温情で2回戦行っていいよ VS愛しい妹だけどなぁ! 続き…
[良い点] ガミさんもやっぱ壊れた大人だったなぁw [一言] 引きこもり案件の解決って大概が保護者側の立場で解決を図ろうとするものですが タマ見てるとホントにそれで解決になるの?を突きつけてる感じがし…
[良い点] タマかっこよすぎぃ、、、!! 惚れました。結婚してください [一言] 記入済み婚姻届送るのでタマの家の住所教えてください
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