01
「テメェの大好きな妹の就職先だ」
その男……田町は悪びれることなく、楓との関係を言い切った。
「就職……先?」
就職先。
女が男のもとに就職する。それはまさに、男女の関係を通り過ぎた先にある、一つのゴール。その比喩表現によく使われるものだ。
思わぬ言葉に呆気に取られながらも、すぐに腸が煮えくり返った。
「そう、就職先。レナのことは、自宅警備員として正規雇用している」
「自宅、警備員……?」
顔まで込み上がってきた熱に、冷水を浴びせかけられた。
結婚しているとか、夫婦とか、楓との関係をそう当てはめたのかと思ったら、明後日の方向から頓珍漢な言葉がやってきたのだ。
その意味を解読しようとするも、すぐに止めた。諦めたのではなく、今の言葉に他の謎を見出したからだ。
「レナ?」
人名なのは察したが、なぜここでは関係のない名が上がったのか。
先程から続けて疑問だらけ。意気込んでいたこちらのペースが、すっかり狂わされている。
「なんだ、レナのことを知らんのか?」
田町は無知を嘲笑うように言った。
「人の不幸で飯が美味い! だから不幸を作るんだ! そうやって人の不幸から蜜を吸い出し、射幸心をドバらす嗜虐心の塊! 道行く人々をナチュラルにゴミ扱いする、陽キャを断罪する剣、一閃十界のレナファルトをご存じないと!?」
勢いよくまくし立てる田町。それはまるで物語の登場人物を説明するかのようであり、今この場において、あまりにも似つかわしくなかった。
「あんた……ふざけてるの?」
奥歯を噛みしめながら、田町を睨めつけた。
私はこんなふざけた発言を拝聴しに来たのではない。そんなふざけた真似をして、話を逸らせると思っているのかと。
「あ? ふざけてねーよ」
田町の軽薄な雰囲気は一変した。
「大好きな妹のことをなにも知らないテメェを、バカにしてるんだよ」
鼻で笑いながら、侮蔑を吐き出したのだ。
話は一切逸れてはいない。最初から本題に入っていた。
田町がレナと呼ぶのは、楓のことだったのだ。
なんでそんな名前をと思ったが、すぐに思い至った。楓は引きこもって以来、ずっとネットの世界にこもっていた。だから、ハンドルネーム、というものを使っているのだ。
それが、一閃十界のレナファルト。私の知る楓からは、まるで想像つかない名付けである。
「……自分がどんな立場か、わかってるの?」
蔑まされた私は、突かれた痛いところを逸らしながら凄んだ。
ファーストコンタクトにおける先制攻撃。それに動揺し、すっかりペースを崩されたが、大義はこちらにある。社会を味方につけられるからこそ、喉元は掴んでいるのはこちらである。
「テメェこそ、自分の立場がわかってないようだな」
だというのに、田町はまるで恐れない。それどころか、喉元を掴まれているのも知らない私を、小馬鹿にまでしている。
「もし俺になにかあってみろ。テメェの大事なものから、壊れていくからな。例えば……」
田町の視線は私から逸れ、
「大切なお友達とかな」
まどかに標準を合わせたのだった。
「あ……」
ビクリと、まどかが震えた。
今この手に拳銃が握られていたら、衝動的に引き金を引いただろう。まどかとはまた違う震えが、この身体を襲っていた。
「あんた、まどかを……!」
なにかあったとき、まどかに手を出すという怒りではない。その想いを知ってか知らずか、本人の前で平気で傷つけると発言したのが許せなかった。
「あ? テメェ相手ならともかく、こんな底辺社会人に優しいクルミちゃんに、酷い真似するわけねーだろ」
田町は心外だとしかめっ面を浮かべる。
「クルミちゃんになにかあったとしたら、それは俺じゃねー。レナがやることだ」
「楓……が?」
信じられない気持ちで咄嗟に応える。
「あいつはな、今この瞬間、テメェと一緒だったときと違って、幸せに暮らしてるんだ。それが奪われようものなら、絶対に許さない。目には目を、歯には歯を、くらいは平気でやる。本人じゃなくて、その周りを攻めることで、テメェを後悔させるだろうな。どれだけの時間をかけようともな」
田町はグラスを口へ運び、一口分喉を鳴らす。
「信じられないか? 信じられないだろうな。なにせテメェは、あいつのことをなにも知らないんだからよ」
語気を強めながら、その満面には嘲笑が彩られた。
「なにかあったとき、シクシク泣きながら、ひとり首吊るようなお利口さんだと信じてたか? 違うぞ。あいつは不幸に嘆いて、ひとりで逝くようなタマじゃねー。クソ親に宣告をくだされたときは、沢山の無辜たる民を道連れにするつもりだったからな。
その余波が、どう広がろうと知ったことじゃない。むしろ家族親戚田中道連れにしてやるつもりだったと、笑って言ってたからな」
ただ、顔が強張っているのがわかった。
あのいつだって大人しく、弱々しかった楓が、そんな過激な考えをもっていたことが信じられなかった。
そんなことを楓がするわけないと、私は言い返せない。それを言うと、おまえは楓のことをなにも知らないからな、と嘲笑われるとわかっていたから。そして……今の私にそれを否定する術が、備わっていないから。
「わ……私たち家族はわかるけど」
だから、湧いたのは一つの疑問である。
「なんで、田中さんまで……?」
それが突拍子もなかったのだ。
楓の周辺を考えると、田中と言えば隣人くらいしか思い浮かばない。一体私の知らぬ間に田中さんと一体なにがあったのか。私たち家族だけではなく、道連れに加えるほどの確執が、いつの間に生まれていたのか。
その答えを求めんとすると、
「ギャハハハハ!」
場にそぐわぬ哄笑が鳴り響いたのだ。




