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センパイ、自宅警備員の雇用はいかがですか?【コミカライズ版2巻8/28発売!】  作者: 二上圭@じたこよ発売中
わたしのためを思って言っているんだと、言わないでください

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08

 すすり泣くレナの声が寝息へと変わった。


 寝付いたレナを起こさないようふすまを閉める。冷蔵庫から缶ビールを二本持ち出し、そのまま廊下へ。二階への階段に足をかけ、三段目にどっと腰を下ろす。


 缶ビールをプシュ、と開けると泡が噴き出す。口で迎えに行くほどの量じゃないのを見届け、そのままもう一本開封した。階段の四段目に置いた一本目に、


「乾杯」


 軽くぶつけた。


 そうして飲み始めたのだが、身体がぶるりと震えた。


 乾杯の相手に慄きを抱いたのでなければ、害意を感じたわけでもない。


 暖房の届かぬ冬の廊下で、冷たいものを飲んだからだ。


 寒い場所でわざわざバカなことをやっているな、と我ながら思った。でも、今は少しでも頭を冷やしたかったのだ。


「まさかあんなタイミングで、遭遇するなんてな」


 思わず鼻を鳴らしてしまった。


「あれが、レナの姉か……」


 見たのは一瞬。でもその顔は鮮明に覚えている。


 思わぬ遭遇に、レナは俺の手を引いて一目散に逃げ出した。逃げ道など考えず路地へ入り逃げ惑った。路地を抜けた先の通りで、息絶え絶えのレナの顔は真っ青だった。


 それは運動不足が招いたものではない。恐怖に震え、慄いているのだ。


 そんなレナの身を寄せながら、タクシーを捕まえた。最寄り駅の一つ手前で降り、そこからは電車で移動した。足取りを撹乱する目的のつもりだったが、警察に本気を出されたら一発である。


 そうやってレナを自宅に連れ帰り、冷え切った身体を温めるよう促した。レナはなにも言うことなく、黙って従ったのだ。


 後は入れ替えでシャワーから上がったらあの通り。


 交わしたクリスマスの約束を破ったのだ。


 なぜか。


 憔悴したレナの心を慮る心か。違う。


 レナ姉との遭遇に慄き、心が萎えたのか。違う。


 一生の思い出となるイベントを綺麗な形にしたかったのか。違う。


 いざ戦場を前にしてビビったのである……違う。


 今日という一日を送ったことで、思うことがあったのだ。


 レナから伝えられた想い。心に宿った依存心。


 定義なんて言葉を引っ張り出し、俺たちの二人だけの社会(せかい)では、恋や愛なんてものに変換した。


 俺と一緒に、幸せになりたいなんて言ってくれた。


「幸せ……か」


 子供時代、ついぞ知ることのなかったもの。


 大人になってからも、意味を知るだけで得られなかった。


 でも最近になってなんとなく……いや、今更いい大人がなんて羞恥から目を逸らすため、正しい表現を濁すのは止めだ。


 レナと暮らすようになって、俺は幸せになったのだ。


 自分のためになんでもやってくれる可愛い女の子。変なご機嫌伺いもいらなければ、大した金もかからない。同じ尺度でものを楽しめ、ただ一心に慕ってくれる。


 まるで歪んだ大人の欲望、その擬人化。買った覚えのない宝くじで、一等が当たったかのような奇跡である。


 だからこれは、社会の定める真の恋でもなければ愛でもない。こんなにも(おれ)にとって都合のいい存在だから、好きになったにすぎない。


 そのくらいは、ちゃんと自覚している。


「後十年……いや、九年早く出会いたかったな」


 そうしたらレナの一つ上になる。人生のセンパイではなく、同じ校舎の下で学ぶ先輩になれた。


 あの日のように、レナがいきなりオフ会を持ちかけてくるのだ。会ってみればあの通り、俺とは縁遠い巨乳JK美少女。現実では誰の理解も得られず、俺だけを心の拠り所にしていた。そして同じ学校の後輩であることが発覚する。


 そんなレナのことを、俺はなんとかしてやろうとするのだ。お互い子供同士。家に泊めたり、一緒に外を出歩いても社会的に咎められる謂れはない。


 そしてレナ姉が、実は同級生だったのだ。先輩後輩の関係とはいえ、男の家に転がり込むなんて許せるはずがなく。レナのことで色々とやりあって、面倒見る権利を勝ち取って、学校生活をキャリーして、色んなところへ連れて行って、同じ屋根の下で二人きりの私生活を満喫する。


 自分だけを頼りにしてくれている、可愛い女の子との同居生活。


「そんな人生、楽しいに決まってるじゃねーか」


 そしたら子供にだけ許された青臭い感情で、この想いを真実のものだと誤解できたというのに。


 あまりにも都合の良すぎる妄想だ。俺だけではなく、レナの姉の年齢まで破綻している。


 年齢の話どころではない。そもそも俺みたいのが、レナが通うような進学校に受かるわけがない。なにせ両親があれだから、あんな底辺高校をわざわざ選ぶような子供に育ったのだ。せめて片方だけにでも恵まれていれば、あの頃とは違った俺に……いやいや、そこまで設定を弄ると、それはもう田町創の名を冠した別人だ。妄想というよりはファンタジーだ。


 俺とレナ。二人の未来ある幸せというのは、つまりそういうことである。


 でも……


「あいつには、幸せになってもらいたいよな」


 そう望まずにはいられなかった。


 陽の光の下で、あんなにも楽しそうに笑うレナに尊さすら感じていた。


 ああ、リスクを背負って連れ出してよかったと、心から思ったのだ。ちょっと前までの俺には考えられない感情である。


 俺が死ぬほど嫌いな言葉は責任。


 罰を受けるなんて死んでもごめんだ。


 だからなるべくリスクを背負わない生き方を選び続けてきた。


 でもレナのためなら、そんなリスクを背負うのに重みを感じなくなった。


 そういう意味では、この生活で変わったのはレナだけではない。俺の生き方がレナによって変えられたのだ。


 たとえ真実のものではないとはいえ、こんなに誰かを想ったのは初めてだ。そして、想われたのも初めてである。 


 だからレナには幸せになってもらいたいと、強く望んでしまったのだ。


「なって……もらいたいか」


 自ら繰り返した言葉に、自虐的に笑わずにはいられない。


 幸せにしてやりたいではなく、なってもらいたい。その時点で人任せであり、やはり俺には、誰かを背負う器が備わっていないのだ。


 未来を見据えた幸せを与えてやれない。


 この先の未来でなにかあったとき、俺は踏ん張ることなく、呆気なく堕ちていくだろう。


 だから堕ちるときは一緒だと、約束した。それでもいいなら背負ってやると。


 レナはそれで構わないと納得した。俺に背負われ、先のない未来へ進み、ダメだったらそこまででいい。幸せを取り上げられたときは、無敵の人となり家族親戚田中を道連れにすると意気込んだのだ。


 現状維持こそが、レナが選んだ幸せだ。それ以外を与えることは、全て独りよがりだと言い切られた。 


 ならこのまま、レナの望みを叶えればいい。


 もうこの先、あまり時間は残されていないだろうけど、レナの幸せだけを満たせばいい。


「はぁ……ダメだ、そんなの無理だ」


 今日という一日で、俺の中でレナはあまりにも大きい存在になっていた。


 ダメなら堕ちればよかったつもりが、なにもせずにそうなるのが嫌だった。自分一人で堕ちていく分には構わないが、レナまで堕ちていくのは許容できなくなっていたのだ。


「でも、約束したからな」


 堕ちるときは一緒だぞ。


 その約束だけは違えてはいけない。きっとそれはレナが大切にしているだろう約束だから。その一線だけは裏切ってはいけない。


「……なら、このまま堕ちるわけにはいかねーか」


 約束を違えず、かつレナが堕ちないためには、俺も堕ちるわけにはいかなくなった。その上でレナが陽の光の下を堂々と歩める幸せな未来がほしい。


「ったく、これじゃあ欲張りセットだな」


 どうやればそんな未来が手に入るのか。


 自分の中ではとっくに、答えは見つけ出していた。


 これを、レナのためを思って、なんて言葉を使うつもりはない。


 これはあくまで俺の望み(ねがい)


 俺の考える最高の文野楓の幸せだ。


 それを得るためには、一度、お互い辛くて苦しい思いをしなければならない。でもそれを乗り越えた先には、素晴らしい幸せな未来が待っている。


 よく考えれば、社会で幸せになるのはそういうものだ。


 受験だったり就職活動だったり、出世争いだったり。辛くて苦しい思いをして、僅かな椅子を掴み取る。乗り越えられたものだけが、限られた幸せを得られるのだ。


 社会での幸せを得るための通過儀礼。今まで散々怠ってきたものに、俺たちは挑まなければならい。


「幸せはー、歩いてこない……ってか」


 誰もが耳にしたことがあるだろう、いつか聞いたことのある曲。


 向こうから歩いてこないのなら、こちらから歩いていくしかない。


 元々、今の幸せは危ういバランスで成り立っていたのだ。


 レナをこの家で匿い、一年と半年、飛んで一ヶ月。


 よくもまあ、ここまで近所に不信がられずきたものだ。ちょっと前には警察やマスコミとかで溢れていたというのに、レナの存在はまるで気取られていない。


 しょうがない。なにせなにがあってもおかしくない。ここはそんな家なのだ。


「……今まで、ありがとな」


 階段にもたれ掛かりながら、二階を見上げる。


 飲み込まれそうな暗闇があるだけで、今まで通りそこには誰もいない。


 でも、目に映らないだけで、そこにはきっと今日までレナを守ってくれたなにかがいるはずだ。


「後は、ちょっくら自分で頑張ってみるよ」


 乾杯、ともう一度置いたビールに空の缶をぶつけたのだ。




     ◆




 目が覚めると、見慣れぬ天井で映った。


 身体を起こすとそれは敷布団。レナに与えている部屋でどうやら眠ってしまったようだ。


 頭が痛くて気持ち悪い。


 昨晩は一杯目を飲みきった後、流石に身体が冷えたのでキッチンへ引っ込んだ。そこからダラダラと、これからの思索に耽りながら飲んでいたが……さて、結局何杯飲んだのか。いつ布団に入ったのかも覚えていない。


 そんなだから二日酔いで、気持ち悪いし頭が痛い。


 重い頭を抱えながら、リビングに出る。


「おはようございます、センパイ」


 そこにはいつもと変わらぬレナの姿があった。


 昨日のことなどまるでなかったかのようで。それが元気な姿なのか、空元気なのか判別つかぬところだ。


「おう、おはよう」


 レナの元気さとは対象的な姿で、だらしなくひらひらと手を振った。


 顔を洗って戻ってくると、


「どうぞ」


 とコップを渡された。


 中身の確認もせずに飲むと、いつものはちみつレモン水であった。俺が二日酔いなのはお見通しだと言わんばかりだ。


 時間を確認すると、昼間を回った一時過ぎ。どうやら遅くまで、深酒をしてしまったようだ。


「なにか食べますか?」


「軽く食べれるもんで頼む。後、コーヒー。濃いめでな」


「はい、わかりました。少し待っててくださいね」


 レナはキッチンへと引き返し、俺の遅い昼食を用意してくれた。


 食べた後はダラダラと、同じ部屋でゲームをやったり、動画投稿サイトの新着をチェックしたり、ネットのまとめ記事を見たりと。


 そんな、いつもと変わらぬ日常の一幕。


 明日の心配や、憂いなどない。そう信じ切っていた、昨日までの毎日。


 そういえば今日は平日で、有給を取ってこその休みだったと思い出した、普段なら帰路へ着いている時間帯。


 この毎日を終わらせるベルが鳴ったのだ。


 俺のスマホにかかってきた着信。画面を見ると『ガミ』と表示されていた。


 躊躇いなく電話に出ると、


「今から店に来なさい」


 ガミは不躾なまでに簡素に告げた。


「おう、すぐに行く」


 だからこちらも簡素に応え、電話を切った。


 ……案外、早かったな。


 手間が省けたとも言えるかもしれない。


 レナに視線を移す。昨日のことをなかったかのようにしていたそれが、今にも泣き出しそうになっていた。


「ガミからの呼び出しだ。ちょっと行ってくる」


 俺はやれやれと肩をすぼめると、私服を取り出した。レナは金縛りのように動けずいるので、レナの部屋で着替えた。


 リビングに出るとレナが待っていた。


 電話の意味を察しているのだろう。


 立ちふさがるというよりは、戦地へ向かおうとする者に、行かないでと請い願う顔色だった。


 そんなレナに近づいて、素通りするでもなく、どけと払い除けることもなく、


「あ……」


 思い切り抱きしめたのだ。


 こうして抱きしめるのは二度目だが、改めてレナは小柄な女の子だと実感した。なにせあのときは、お互い座っていた。それが立ってするだけで、お互いの差がより際立った。


 あのときより遠慮ない包容。レナの小ささ、一部大きさを実感した。


 さらさらな髪が撫でていて心地よかった。


 吐息を感じるほどのぬくもりが気持ちよかった。


 ああ、もう! と叫び出したいほど、人生が狂ったなと嘆息するほどに、理不尽なまでになにもかもが愛おしかった。


 あまりにも田町創らしくない感情が渦巻いたことに、清々しさすら感じていた。


 いつまでもこうしていたいが、流石にそれはできない。断腸の思いでレナの肩に手を置いて、幸せとの距離を置いたのだ。


「覚悟しておけ、レナ」


 泣き出しそうだったその顔。今は突然のことに、ただ呆然としているそれに、


「もう俺は、戦いを前にビビったりしないぞ」


 これでもかというドヤ顔で俺は笑ったのだ。


 そのまま歩みを進め、レナを背中にしたところで、片手を上げひらひらと振った。


「次会うときは、戦場で会おう」


 場の空気にそぐわぬ、道化を演じる低音。


 最後に約束(ふざけたセリフ)交わした(はきだした)のだ。


 背中にしているその顔が、今どんな風に変化を見せているのか。


 目をパチパチとしながら唖然としているのか。


 それとも顔を真っ赤にして憤っているのか。


 はたまた、なに言っているんだこいつと訝しげにしているのか。


 どうやらその答えは、


「もう、敵前逃亡は許しませんよ」


 今俺が浮かべているものと同じのようだ。




     ◆




 そうして日常と非日常。それを隔てる重厚な扉。


 くぐり抜けた先にいたのは、日常の侵略者ではない。俺たち非日常を正さんとする裁定者だ。


 社会的善悪、大義と正義を掲げ、おまえのやっていることは許されないことだ、と裁きに来たのだ。


 俺が社会的に間違っているのは決まっている。根っこをいくら掘ろうとも、社会を味方につける術どころか、言い訳すら眠っていない。レナが可哀想だったから、なんて弱者の心に寄り添ったセリフを吐いても無駄だ。


 なにせこの社会は、正しい以外のやり方で辛苦を取り除くことは等しく悪である。死に救済を求めるなんて甘えも許さない。なぜなら秩序が乱れるから。秩序が乱れるくらいなら、おまえは一生苦しんでいても構わない。文字通り死ぬ思いで秩序を守り続けなさい、と。


 この腐った中身を、綺麗な言葉(かたち)で整えたものこそが、この社会の正義(ただしさ)である。


 そんな血も涙もない法の番人、その狗共に襲われれば、俺なんて瞬殺だ。勝ち目なんてまるでない。


 でも、目の前にいるのは絶対正義ではない。大義と正義を掲げただけの、家族を取り戻しにきただけの血の通った小娘だ。


 勝負は五分五分ですらない。


 迎える結末は黙って二つだけ。


 それがどう転ぼうとも、最後に笑うのは俺である。


 なにせ俺はどうでもいい他人(こじき)に恵んでやるような、くだらない(すばらしい)心なんて持ち合わせていない。 


 だから俺の考える最高の文野楓の幸せのため、


「昨日ぶりだな、クソ姉」


 現実を突きつけて、その心が折れるまでとことんまで追い込んでやる。

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百合の間に挟まるな! ~脅迫NTRもの展開を阻止した結果、百合の間に挟まれた件~
推しの百合営業系Vチューバーの間に男が挟まったばかりに、脳破壊された主人公が子供時代にタイムリープした話。
本編とその前日譚まで完結しておりますので、よろしければこちらもご一読ください。



コミック版が3月28日に発売、予約受付中!
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― 新着の感想 ―
>> それを得るためには、一度、お互い辛くて苦しい思いをしなければならない。でもそれを乗り越えた先には、素晴らしい幸せな未来が待っている。  よく考えれば、社会で幸せになるのはそういうものだ。  …
[一言] 結局こうなるんですよね
[良い点] 待ってたよ~~~!!!!!!!!! 保身王がハイパーモード発動して優等生(笑)を粉砕する覚悟を決めたのは素晴らしい! [気になる点] 黙って正座!待つのは慣れた!如何様にも振る舞うが良い!…
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