03
ガミに諭され、二人で予定というものを立てていた。と言っても、時間ごとに区切るほどに綿密な予定ではない。レナが行きたいと決めた場所。二箇所ほど回る場所は決まっているが、後は行き当たりばったりだ。
昼食もそれと同じ。さて、これからなにを食いたいかと聞こうとしたら、レナの中で行き先は既に決まっていた。
その場所の道のりもネットで予習済み。イタズラっぽい笑みだけを浮かべ、行き先を黙秘するレナに目的地へ連れて行かれた。
レナは卓上に並んだ品に、
「凄い身体に悪そうな見栄え……」
そんな第一声を放った。
ここは世界一有名なハンバーガーチェーン店。そこでレナが頼んだのは、店名を冠したビックなバーガーのフライドポテトとコーラのセット。悪態をついているのか感嘆しているのかわからないが、少なくとも後悔を胸に秘めているわけではなさそうだ。
「いただきます」
行儀よく手を合わせ、レナは実食に入った。
ハンバーガーを両手に掴むが、すぐに中の具材がポロポロとこぼれ落ちる。レナはそれに動じることなく、一気にかぶりつく。それこそ「えい」という声が聞こえて来そうなほど。勢いは良かったが、その小さな口ではビックサイズは文字通りビックすぎた。上のバンズにまでたどり着けなかったようだ。
「うん……身体に悪そうな味」
感想に反し、その顔はどこか満足そうだ。口元についたソースにはまだ気づいていないようだ。
それらの一連の流れがおかしくて笑ってしまった。
「よかったのか? 折角の日の昼が、本当にここで」
「はい。ここがよかったんです」
レナは口元のソースに気づき、ナプキンで拭った。
「前のリベンジですから」
「リベンジ?」
「家――ダイナミックを決行したあの日、ネット目的で初めてこのお店に入ったはいいんですけど……あのとき頼んだのは、飲み物だけでしたから」
家、と言葉を切ったのは、家出と言おうとしたのだろう。お昼ということもあり混み合っているので、まずい言葉を配慮したのだ。
「一度、食べてみたかったんです。世界で一番売れている食べ物を」
レナは二口目をかぶりつく。今度はちゃんと上のバンズまで達している。小さな口でもぐもぐと食べる姿は、どこか小動物みたいだ。
「なんだ、この店で食べるのは初めてだったのか」
「このお店、というよりはハンバーガーが、です」
「は? ハンバーガーが……初めてだって?」
「はい、実は今日が初体験です」
思わせぶりな言葉を使いながら、レナは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
でもそんなレナの思惑とは裏腹に、ドギマギより驚きのほうが勝っていた。
思わず肩をすくめた。
「……なんだ、そういうのは先に言え。言ってくれりゃこんなところじゃなくて、もっといいところに連れてってやったのに」
「こんなところって言ったら、お店の人に怒られますよ?」
「いいんだよ、実際こんなところなんだから」
レナと同じバーガーを、ガブリと食らう。うん、こんなところっていうに相応しい、ジャンクな味である。めっきりご無沙汰だった、たまに食べたくなる味だ。
フライドポテトに手を伸ばしたレナは、一本だけつまんだ。食べ方がまさに女の子であり、でかいハンバーガーにかぶりつくより、よっぽど絵になった。
「こんなところの、ジャンクな味を知りたかったんです」
コーラをチューチューと飲むレナは、それは美味しそうにしている。ジャンクフードとコーラのペアリングは、レナの舌を喜ばせたようだ。
「ジャンクな味を知りたかったとか、おまえはお姫様かなにかかよ」
「半上級国民の社長令嬢です」
「そういやそうだったな」
父親が社長で、お手伝いさんまでいる家だ。俺も家が貧乏だったというわけではないが、親はしがない公務員。生活レベルの土台が違う。レナはお姫様とまでは言わずとも、お嬢様と呼べる存在だったのだ。
「しっかし、ジャンクフードを口にする機会がなかったとか。出先はいつもファミレスでしたってか?」
「あ、ファミレスも行ってみたいです」
「おいおい……マジで外食するとき、どこに連れてかれてたんだよ」
「そうですね……ホテルとか、レストランとか、後、お寿司とか」
「……そのお寿司は、当然回ってないわけか?」
「え、お寿司が回るって、どういう意味ですか?」
未知を突きつけられたかのように、レナはキョトンとした。その大げさな顔はどこまでもわざとらしく、とぼけたものである。
眉根を寄せる俺を肴に、レナは満足そうにポテトを口にした。
「今思い返せばわたしって、いつもご飯の時間を楽しみにしている子供でした」
「なんだ、小食なクセに食いしん坊キャラだったのか」
「いえ……食べるのが好きなんじゃなくて、皆で……家族三人で、ご飯を食べる時間が好きだったんです」
戻らぬ過去に思い馳せたのか、その微笑はどこか憂いを帯びている。
「美味しいものを食べるのが幸せなんじゃない。大好きな人たちと、美味しいものを食べる時間が幸せでした。なんだかその時間が凄い、温かくて……」
レナはストローを口にし、喉を鳴らした。
「よく、言うじゃないですか。失われて初めて、それが幸せだったことに気づくって。あれって、本当なんですね」
「レナ……?」
「ごめんなさい。こんな話をしたかったわけじゃなかったんですが。ちょっとわたしらしく……一閃十界のレナファルトらしくなかったですね」
いけないいけないと言わんばかりに、取り繕うようレナは笑ってみせる。ハンバーガーを頬張ると、らしくない自分を追いやるように飲み込んだ。
一閃十界のレナファルトの人格。レナはその『らしさ』にこだわっているのだ。
俺の前では、文野楓としての顔を覗かしたくない。だからいつだって仮面をかぶり、その手を動かしてきた。
「いいんじゃないか、別に」
「え……?」
「らしくない、なんて言うなら、今日の軽口全てに言えることだろ。なにせいつも叩いているのは口じゃなくて手だからな」
今日は仮面を脱ぎ、手を動かすことを封じている。真面目な話からふざけたネタまで、その口で伝えるのを選んだのだ。
「ちょっと前までは、その口を利くのすららしくなかったんだ。ならこうして饒舌になったなら、このくらいの変化はあってしかるべきだ」
取り繕わない限り、声には感情が乗るものだ。そして一時とはいえ、抱いた感情に引きずられるのは自然である。
「でもな、そうやって感傷に浸って、しおらしい一面を見せたところで、なにもおまえは変わらん」
レナは慣れないことをしているから、今日はそれが顕著に出てしまったにすぎない。
「それこそお利口ちゃんぶって、今日から聖人になろうとしても無駄なほどにな」
「わたしが聖人になろうとするのは、無駄なんですか?」
「ああ、無駄だ。なにせ土壌が腐ってる。今更素晴らしい環境に身を置き直したところで、綺麗な花なんて咲くわけがないだろ」
「ぷっ……けほっ、けほっ!」
ストローを口にしたレナは、不意をつかれたように噴き出した。苦しそうに咳き込みながらも、その涙目は笑っていた。
「セン、パイ……酷い、言いようですね。これでも、純真無垢なんですよ?」
「知らんと思うから教えてやる。人の命にエンタメを覚えるような奴を、世間は純真無垢と呼ばん。一つ勉強になったな」
「訂正します。元々、純真無垢だったんですよ」
「それが今ではこの様か。酷い落ちぶれっぷりだ」
「ええ。誰かさんのせいで、この有様です。すっかり心が汚れてしまいました。これはもう責任問題ですね」
「俺が死ぬほど嫌いな言葉だな」
思わず苦笑した。
「責任は取らんが安心しろ。その口がらしくない真似を叩いたところで、俺にとっておまえは、いつもの一閃十界のレナファルトだよ」




