02
「あぁ……」
ただ、それは厳かにそびえたっていた。
上背を軽々と上回るそれに、レナは感嘆の息を漏らす。その目に宿すのは輝きであり、それに両手をついた姿は、トランペット少年のようであった。
今日はクリスマス。
そしてレナは子供である。
その目の輝きを見せたとき、その希望を応えてやりたいと考えていた。そこに打算も下心もない。クリスマスに贈り物をされた、子供の喜ぶ姿を見たいと思ったのだ。
レナは目の輝きがこちらを向くと、
「センパイ」
「ダメだ」
その希望をあっさりと打ち捨てたのだ。
「まだ、なにも言ってません」
「その無駄な目の輝きを見れば、言わんとすることくらいわかる」
「どうしても……ですか?」
「ダメなものはダメだ」
目に宿った光はあからさまに消え去った。
「はぁ……」
レナはわざとらしく肩を落とした。
クリスマスという特別な日に、女の子の欲しがっているものを、真っ向から否と撥ねつける。端から見れば甲斐性無しの男に映るかもしれない。
高価なものかと言われれば、確かに高価である。お値段税込み五十万円。ポンと払える貯金くらいはあるし、そのくらいの甲斐性を見せる気は、実はある気で今日という日を臨んでいた。
それこそブランドものの財布とか、ネックレスだとか、はては指輪だとか。色々と見て回った先で、物欲しそうにしながらもぐっと我慢する姿に、こっそり買って夜にでもプレゼント。なんて、そんなくさい真似をする気であった。
まぁ、相手はレナだ。それらが似合うことはあっても、欲することはないだろうが。ブランドでこだわりがあるとすれば、パソコン周りくらいなものだ。だからノートパソコンを新調するとか、いっそデスクトップパソコンを買い足すくらいは、望むのなら叶えてやりたかった。
そんなレナが本日、一発目に欲しがったもの。
「こんなでかい冷蔵庫、うちにはいらん」
冷蔵庫であった。それも庫内容量700リットル超え。真空チルドやらスリープやらデリシャスやら、はてにコンシェルジュなんやらと、説明を一々見る気が失せるほどに機能が盛り沢山。
「それになんだ、このわけのわからん機能の数々は。絶対持て余すだろ」
「大丈夫です。わたしならきっと使いこなせます」
「使いこなさんでいい。今使ってる冷蔵庫で十分なサイズだろ」
我が家の冷蔵庫は一人暮らし用ではなく、300リットル超えの3ドアタイプ。よくわからんメーカーではあるが、仮にも家電量販店で買ったもの。型落ちの展示品を根切りに値切ったものではあるが、悪いものではないはずだ。
「そもそもあれだって、買ってまだ四年も経ってないんだぞ。金を払って引き取ってもらうなんて勿体ないだろ」
「なら、二台並べて使います」
「うちはシェアハウスかなにかか。これ以上、住人を増やす気はない」
「ふふっ」
こんなやり取りをしているが、レナが冷蔵庫を新調したいわけではないのはわかっている。いや、今日一番欲しい物に出会ったのは確かであろうが。
今日一発目に訪れたのは、大型の家電量販店。
最近、レナのマウスがチャタリングを起こすようになった。家出をする前に買ったばかりのもので、それなりに値を張るゲーミング仕様。二年もせずに故障されては、おいおい、とメーカーへ不信を抱くところだろう。
だが、俺はメーカーのせいではないのはわかっていた。なにせレナは、ゲーム中にキレるとよくマウスを叩きつけるのだ。チャタリングという不良が起きたのは、間違いなく日頃の行い、身から出た錆だ。
いつもなら、黙って通販で買うところだが、折角外出するのだ。一度自分の目で見て、手に取って、その先で納得いくものを通販でポチりたいと、レナは言っていた。
マウスの選別作業は十分で終わり、後は色んなフロアをぶらぶらとしていた。俺にとっては珍しくない場所でも、レナにとっては新鮮で面白いらしい。まさかクリスマスのウィンドウショッピングを、家電量販店するとは。俺たちらしいといえば、らしいかもしれない。
その先で、冷蔵庫売り場へたどり着いたのが経緯である。
「この冷蔵庫、便利ですよ。外にいても、スマホで中身を確認できるらしいです」
「それこそおまえに必要ない機能だろ」
「でも凄いですね、最近の冷蔵庫は。スマホと連携って」
「冷蔵庫だけじゃない。炊飯器や電子レンジ、洗濯機からエアコンまで、なんでもかんでもスマホの時代だ」
「エアコンはわかりますけど、それ以外をスマホでって……なにができるんですか?」
「そりゃ米を炊いたり、レンチンしたり、洗濯したりだ」
「スマホでやる必要あります?」
「引きこもりのおまえにはわからんと思うが、外から操作できるっていうのは、社会人にとってそれはもう凄い便利でありがたいものなんだよ。きっと」
正直、スマホでそこまでする必要があるのかは疑問である。企業が押し出したいのか、社会が求めているのか。どちらかはわからぬが、それが時代の波というものかもしれない。
でも、これだけは確かと言えることがある。新しい技術というものは、最初から安定して提供されるものではない。いつだって初期の問題を抱えるものだ。
「けどこういう技術は、危険がはらんでるからな。俺はまだまだ、手を出したいものじゃないな」
「危険、ですか?」
「悪意のある第三者から操作される可能性だ」
あくまで生真面目な声を出す。
「ちょっと前に、こんなニュースがあった。ネットに接続された食洗機に致命的な脆弱性。第三者に皿を洗われる危険性! ってな」
「ぷっ!」
レナは堪えきれず、口元を覆って噴き出した。
「それは、その……凄い危ないですね。ぷ、ふふっ……」
「おまえ、そうやって笑ってるが、マジでシャレにならんからな、これ」
「え……」
「考えても見ろ。好き放題、家電を使われまくるんだぞ? 電気代とかシャレにならんぞ」
「あぁ……」
レナは神妙な顔をした。
炊飯器であれば、勝手に米を美味しく炊かれる危険性。洗濯機なら洗濯物を綺麗にされる危険性、なんてネットではネタにされるだろうが、勝手に家電を操作されるのは、かなり切実な問題である。
安心して手を出すにはまだまだ未成熟な段階であり、更にいえば、そんな機能がついている高級品など、手を出せる身分ではないのである。
「そう考えると、なんでもスマホで連携できれば、いいってものじゃないんですね。流石センパイ、こういうのは詳しいですね」
「これでもIT系、これらを動かす技術を書いてる商売だ。この手のもんがまだまだ発展途上で、セキュリティがガバってるのはよくわかってるからな」
得意げに、コンコンと冷蔵庫を叩く。
「なにがスマホで冷蔵庫の中身がわかるだ。裏を返せば、お隣さんに中身を覗かれるリスクがあるってことだろ。それを得意げに――」
と、ふいにレナの顔から、落ち着きが失われたのが見て取れた。
どうしたのだろうか。ここは尊敬の念を更に高めるところだが。
そのそわそわとしている目が、俺を捉えているのではないのがわかった。それを通り越した後ろを見ているのだ。
肩越しに振り返る。
そこにいたのは四十路の夫婦。そして店員が一人。前者は疑念と不信をその顔に宿し、後者は客に向けるのに相応しくない恨みがましい目を向けられていた。
……冷蔵庫を買い求めんとする客と、買わせんとする店員の図だ。客側の身なりの良さを見るに、三流メーカーでもいいからと値切るタイプではないだろう。折角買うのだからいいものにしないとな、そこの君、案内してくれたまえ。ははー、わかりました、こちらはどうでしょうか、と店員はウッキウキ。最新技術をこれでもかと詰め込んだ、この店一番の品を案内していたところ、業界を得意げに語る底辺社会人の声が届いたというところか。
子供相手にカッコつけたいからと、適当に嘯いている奴にセールスチャンスを邪魔されたら、こんな顔になるのも頷ける。
流石に俺も、居心地が悪くなるというもので、
「レナ」
「はい」
「飯でも食いに行くか」
いたたまれずそっとその場を離れたのだった。




