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自宅の最寄り駅から十分ほどの副都心。東京を代表する繁華街として、必ず名の上がる駅である。
クリスマスとはいえ今日は平日。満員電車のピークはとうに過ぎていることから、車内はガラガラとは言わずも空席は見当たらず。しかし乗車時間は大したことはないので、隣の車両に探しに行くほどではなかった。
むしろ車窓から覗ける、移り変わる都心の景色。情緒もなにもない極彩色の看板たちを、興味深そうにレナは目を離せずにいたようだ。その横顔は感嘆すら覚えていた。
ダイナミック家出を決行したあの日。レナはバスにしか乗っていないので、東京の景観というものは、初めてばかりで興味深いのかもしれない。
そういう意味では、レナはまだ都会の洗礼は受けていない。なにせ人混みと呼べるものを目にしたのは、待ち合わせをした最寄り駅、その帰宅ラッシュくらいだから。
まずは電車を降り、改札を抜けたところで、レナは目を丸くしていた。どこを見渡しても、人、人、人。声こそ上げていなかったが、レナの目線は忙しそうにしていた。
握った手に緊張を帯びたように力が入る。手が緩んだ途端離れ離れとなり、駅構内で彷徨い続けるのを恐れるかのようだ。
それがまたおかしかった。なにせ駅構内の混雑具合は、前に進むのに障害がないくらい。ふくろうの石像を横目に通り過ぎ、階段を上った先はこの程度ではない。
そんな事前の心づもりがないものだから、
「わぁ……」
目の前に広がる雑踏にレナは喉を震わせた。それこそ足を止め、想定外の事態に右往左往するようだ。
そして小ぶりな可愛らしい唇からは、
「……ゴミが一杯」
およそ人を例えるのに相応しくない感想が漏れ出した。これこそが心からの本音であり、レナの性根が垣間見えた。
堪えきれず噴き出した。
いつもの手ではなく、口がそんな風に動いたことが、ただただおかしかったのだ。
そんな俺の反応に、レナは思わず口元を空いた手で抑えた。失言でしかないものが、自前の口から漏れたことに慌てるように。でも取り繕うのは最初だけ。
「……ふふっ」
悪戯を見つかった悪ガキのように、開き直って微笑を零しているのだ。
人をゴミ扱いするとは何事かと、まっとうな大人なら指導するだろう。でもここにいるのはろくでもない大人だけ。
「笑ってられるのもいまのうちだけだ」
なによりこう育ててしまった張本人だ。くだらないことに目くじらを立てるほど、無粋ではないのだ。
「これからおまえを、あの人混みに放り込んでやる」
ニヤっとした俺に、レナはおかしそうにしながらポケットに手を伸ばす。でも、すんでのところでその手は止まった。幾ばくか逡巡した後、
「人をゴミ扱いするのは、どうかと思いますよ?」
その手はそっと元の位置に戻った。
「まったく、センパイのモラルはどうなってるんですか」
「鏡を見てみろ」
「朝見ましたけど、家主の顔が写ってました」
「つまり立派だってことだな」
「立派……?」
「なんだ、文句あるか?」
「いえ、ありませんよ。ただ、これが高卒の国語力って思っただけです」
「それを言ったら、おまえなんて中卒だろ」
「わたしはいいんです。だって――」
レナは清々しいほどの得意げな顔で、
「神童ですから。社会の物差しなんかで測れません」
自画自賛を口にしたのだ。
初めてあったあの日。自らを神童と自信満々にのたまった。
ふすまの向こう側で、一体どんな顔を浮かべていたのだろうと思ったものだが。……なるほど、もしかしたらこんな顔を浮かべていたのかもしれない。
かつて好奇心を抑え、ついぞ覗くことはなかった顔。どうやら塩の柱になることもなければ、空に帰ってしまう心配はなさそうだ。
「センパイ。今日は連れ出してくれて、ありがとうございました」
「なに言ってやがる」
こうして俺たちにとって、忘れられない特別な一日が始まった。
「今日は始まったばかりだろ」
「はい」




