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「不良品在庫市の中ですら、真面目にやってこなかったからな。手元にあるのは資格でもスキルでもない。やってこなかったツケだけだ。そんな奴がサービス業はやだ、土方はやだ、自宅以外の警備はしたくねーって、業界を選り好みしたわけだ」
『それでプログラマーっすか』
「学生時代、打ち込んできたのはキーボードだけだったからな。オフィスビルでカタカタするスーツ姿に憧れたんだ」
『センパイはそういうのは得意だったんですか?』
「おう、ローマ字限定のブラインドタッチ。コピーペーストはショートカットキーを駆使。マシンスペックも読めれば、ネット社会のいろはを心得ている。このスキルを引っさげて、業界で成り上がってやるって野望を抱いたんだ」
『言っちゃあれっすけど、自称パソコン得意くんの典型っすね』
「ああ。それでパソコンは得意だ、ってドヤっている愚か者たちが集まる船に、ひとつなぎの財宝を求めて乗り込んだんだ」
既に嫌な予感しかしない。聞いているだけで胃がキリキリしてくる。
「最初の三ヶ月は研修だ。そこでこの程度のことで金をもらえるなんて、人生楽勝だな、って社会を舐め腐るわけだ。でもそれは、英会話でABCのアルファベットがわかるようになっただけみたいなもの。そんな状態で客先に放り込まれて、後は頑張れっていうのが、あの会社のやり方だった。海賊船かと思ったら、奴隷船だったってオチだ」
『え、ヤバくないっすかそれ』
「ヤバイなんてもんじゃない。向こう側も金を払って戦力を呼んだのに、来たのはクソザコナメクジ。こいつなにしに来たんだって、人間扱いしてもらえんかった。十人はいた同期も、俺を残して半年で全滅したらしい」
『センパイはなんで辞めなかったんすか?』
「なんとか教えを請うて、家でも勉強して必死こいてたら、まあそれなりになんとかなっちまったんだ。これでも俺は、やればできる人間なんだ」
わざとらしい声色を放つセンパイ。それは誇らしさに満ちたものではなく、思ってもいないことを語る道化のようだった。
「毎日終電のサービス残業しながら、そうやって二年ほどあっちこっちと客先を回されてたら、ある日社長が夜逃げしてな。上はガタガタでなにがあったのか詳しくは知らんが、給料が支払われんことだけはわかった。あんときはどうすればいいかわからず呆然としたが……バカ正直に常駐先へ出勤してるんだから、すっかり社畜になってたんだな」
『それでどうなったんすか?』
「向こうも事情は知ってたからな。『うちに来るか?』って、言ってくれたのが前の上司だ」
どうやらそこで、センパイは転職したようだ。
「家の更新が迫ってたし、いい機会だった」
『そこでついに、ホラーハウスとの出会いがあったんすね』
「ああ。無茶な要求をしたら、無茶苦茶な家を紹介された。それで心機一転、新しい場所で仕事もプライベートも頑張るぞ、と最初は張り切ったもんだ」
『最初は?』
「労働環境がぬるま湯になったら、もうダメだ。これ以上頑張りたくない。勉強なんてしたくない。残業もほとんどしない代わりに、底辺のままでいい。そんな欲張りセットが俺の会社でのポジション。外から人を呼ぶよりは、こいつのほうが安価で使えるってな。そしてプライベートは知っての通り。こうしておまえのよく知る、模範的に将来性のない大人が出来上がったわけだ」
自らを笑い飛ばすその様は、自嘲の色を宿していた。
わたしにとってセンパイは、初めから大人だった。初めからこのような人だった。
それが子供から大人へ。どのような経験、人生を経てこのように成長したのか。ないものとして見てきた前日譚を知ることとなった。
だから……これが全てだと、思いたくなかった。
『もし子供時代に戻れるなら、センパイはどの時代に戻りたいっすか?』
「それはタイムリープで俺TUEEE系的な話か?」
『一番楽しかった的な話です』
「んー……そうだなー」
過去を遡りながら唸りを上げるセンパイ。話の切り出し方が突拍子もなかったにも関わらず、真面目に考えてくれている。
期待していた。この胸のモヤモヤを消してくれる答えを、数秒後にはもたらされることを。
けれど十秒、二十秒と時が流れた先でも、センパイは唸り続けている。それは甲乙つけがたい思い出に悩んでいるのではなく、
「特にないな」
思い至らなかったのだ。
『いやいや。センパイ、自分と違って学校はちゃんと通ってたんすよね? 非モテなりに野郎共とのネチョネチョした、汗臭い思い出くらいはないんすか』
「んなもんねーよ」
『痛いところ突いてすんません……まさかボッチだったとは』
「別にボッチってほどでもないぞ。学校ではクラスメイトとはうまくやってたし」
煽るような指摘に対して、センパイはなんともなさげに返してきた。
「でもまあ、休みや放課後まで、学校の誰かといるっていうのはそうはなかったな。特に中学に入ってからは、ネトゲにドップだったし」
『あれ、ガミさんとは?』
「ガミは友達っていうよりは腐れ縁だったからな。学校ではよくつるんでたが、それ以外はさっぱりだ。むしろこっちで再会してからのほうが、付き合いが深くなったくらいだ」
『それじゃあ学生時代、ガチでリア友いなかったんすか』
「ま、そう呼べる奴いなかったのは確かだな」
あっさりとセンパイは認めた。自嘲気味でもなく、強がりの裏返しでもなく、考えてみればそうかもな、と。
わたしの中で重く渦巻いていた想像が、それで確信に変わった。
ああ、やっぱり……
センパイは……幸せを知らないまま大人になった人なのだ。




