06
十一月下旬。
最近、時間の流れが早く感じる。過去を思う度にそれは顕著だ。
それはきっと、毎日があまりにも楽で楽しくて、そして幸せだから。湯水のように時が流れてしまうのだろう。早く夜になってほしいと焦がれ続けていた、文野家での日々とは大違いだ。
ホラーハウスでの二回目の年越しも、この調子だと昨日を思い出すかのようなに過ぎ去ってしまうかもしれない。
センパイは、わたしにとって初めからセンパイだった。社会的に見たらろくでもないと評される人かもしれない。でもわたしにとって唯一心を開けて、楽しいを与えてくれる、どこまでも都合のいい大人である。だからこんなにも依存してしまい、無心に身を任せてきた。
でも……最近になって、わたしは気づいた。
わたしの不幸。そのバランスを取るために、世界が配布してくれた心の支え。センパイは最初から、そのようにポンと降って湧いてきたわけではないのだ。
センパイにも親がいて、育てられ、その先で大人になった。
そんな当たり前の現実に、わたしは今まで目を向けていなかった。
その過去を知って以来、この人はもしかして……と。それを思う度に、腹の底が重たくなるような感覚に襲われる。
それが確信に変わったのは、食後のバトルロワイヤルゲーを三連戦し、一区切りをつけていた休憩中。
「ん……?」
センパイはふいに喉を鳴らした。
「うお、マジかよ」
驚愕というよりは、その音は驚嘆に近い。
わたしの位置からは、パソコンチェアに座るセンパイは背中しか見えない。どんな表情を浮かべているかはわからないが、モニターを食い入るように見ているのはわかった。「おお」とか「ほう」とか、感心するかのように度々唸っていた。
「どうしたんですか?」
「ここんところ、イジメだ自殺だって、なにかと騒がれてるだろ?」
「確かに最近、よく目にしますね」
この家のテレビは、そこにあるだけのオブジェである。かつては深夜アニメを見るために使っていたようだが、今はネットで月額見放題の時代。そちらに移行してからは、コンセントすら抜いているようだ。
だからニュース番組をテレビで見る機会はない。その手の情報はネット記事やSNSのトレンドで、気になった見出しがあればクリックする。受動的ではなく能動的だからこそ、仕入れている情報は偏ってしまう。
それでもセンパイの言う事件については、詳しいとは言わずも概要くらいは知っていた。
高校生がイジメを苦に、学校内で首吊り自殺。学校はイジメを見て見ぬ振りをしていた。この社会では一定周期で起こり話題となる、稀によくある事件だ。
「そのキッカケになった問題……っていうか事件か。あれが起きたの、どうやら俺の母校らしい」
「え……」
「しかもあいつと同じ場所で死んだとか」
センパイは悲しむでもなく、嘆くでもなく、
「流石、不良品在庫市なだけあるな。過去からなにも学ばないその姿勢は表彰もんだ」
ただ機嫌良さそうにせせら笑った。
丁度開いていたSNSのトレンドに、今回の事件、その記事が上がっていた。開いて真っ先に目についた、『九年前の再現』『悲劇を模倣』という言葉。
九年前、そして母校。逆算すると、その悲劇というのはセンパイが高校三年生の頃に起きたことになる。そしてその死者を、センパイは『あいつ』と指した。故人と面識があったのはそれだけで察した。
声だけではなく、キーに乗せている手も、どう切り出せばいいか戸惑った。
「うちのクラスで、これと同じことがあったんだ」
ただジッと背中を見上げているだけのわたしに、センパイは気づいたのかもしれない。
意を決しておずおずと口を開いた。
「仲が……よかったんですか?」
「いいや、まったく。ただの同じ箱に詰め込まれただけの他人だよ。あるのはクラスメイトが自殺した驚きと、面倒なことになったっていうため息だけだ」
センパイが漏らした息は、乾いた笑いのようだ。
「それがふざけんなテメェ、ってなったのが、あいつの遺書が出てきてからだ」
「……なにが書いてあったんですか?」
「あいつを死ぬまで追い込んだ奴らの名前と……俺がそれを見て見ぬ振りをしたっていう糾弾だ」
肩越しに振り返ったセンパイの横顔は、困ったことにな、と苦笑していた。
センパイはそうして、その事件でなにが起きたのかを語ってくれた。
過ぎ去った過去、思い出話を懐かしむかのように。人の死、悲劇を扱うのに似つかわしくない軽快な語り口。
イジメを見て見ぬ振りをした。そう言いながら、責任を押し付けようとした大人たち。それにキレたセンパイの逆襲は、陰湿でありながら凄まじいものだった。やり方が本当にセンパイらしくありながら、その保身の走り方に子供らしさはまるでない。
前に高校では色々とあったと言っていたが、まさかここまでのこととは。話をまた今度とあのとき語らなかったのも頷けるカロリーの高さだ。
昔の悪事を武勇伝のように誇っているわけではない。それでもセンパイは自分のしたことが、常人がどのように受け止めるのか。正しい形で理解している。
「怖いか?」
だから話が終わり、ただ口も手も動かず呆然としているわたしに、センパイはそう問いかけた。
怖い。それはどれを指してのことか。
目の前で虐められていた同級生を、平気で見てみぬふりをしたことか。
はたまた、一度追い込まれたら手段を選ばず、徹底的に追い込む容赦のなさか。
……人を死に追い込んでおきながら、罪の意識もなくこうして平然としている様か。
どれにせよ、わたしの中の答えは決まっている。
『いや、流石センパイっす。一人くらい殺してるとは思ってたっすけど、まさか四人も仕留めていたとは』
レナファルトとして手を動かすだけである。
「おまえは俺をなんだと思ってる」
『自分が無敵の人となろうとした元凶』
わたしたちは同時に噴き出した。
レナファルトとしての自分は、センパイによって中身を与えられた。こんな人に鍛えられたのなら、あんな道を選ぼうとしたのも残当である。
『そうして地元にいられなくなったセンパイは、高飛びしたわけっすか?』
「俺の勇姿をあいつに告げたら、泣いて喜んでくれた。おまえはこんな辺境に収まる器じゃないと、都入りの準備と資金をくれたよ」
あいつとは、父親のことを指しているのだろう。
世間体をなによりも大事にする人だから、息子が裏でそんなことをしでかしたことに、恐れおののいたに違いない。
そして手切れ金を貰ってセンパイは上京した。元よりセンパイにとって親子の情などない。親子の縁が、そこで完全に途絶えたのだろう。クソ親からの解放、枷が外れたと言えるかもしれない。
『都入りしてからは、まさに人生の春っすか?』
センパイはよく、地元をクソ田舎と言っていた。あの地域は田舎というほどではないと思うが、どうやら深夜アニメの電波は飛んでいないようだ。
そんな場所からの東京だ。それはもう、人生が楽しくなるに違いない。
「いいや、全然。今の会社に落ち着くまで、それはもう地獄みたいな毎日だった」
なのにセンパイはかぶりを振った。クソ親の庇護下から脱した先で、新たな苦労があったようだ。




