05
あれは、世間体をなによりも大事にしている親共だった。
子供が悪事を働いたら、その報いを恐怖によって子供心に刻み込む。その教育方針は虐待だっていうのが、昨今の風潮だ。
怒鳴りつけられるだけじゃない。時には暴力で制裁され育った俺だが、その風潮については否定派だ。
悪いことをすると報いがある。その楔を打ち込まんと大人しくならない猿は、一定数存在する。それだけじゃない。楔を一度打ち込まれておいてなお、悪事を働く奴らはいくらでもいるんだ。
だから悪いことをした子供を、恐怖で御すのは賛成だ。なにを言ってもわからない猿には、お仕置きが必要だ。
けどその方法論を、ただの失敗に当てはめるのはどうだ?
知らなかった。
わからなかった。
うまくできなかった。
悪事を働いたわけでもないのに、そんな失敗を恐怖によって制裁をくだす。そんなのはもう、子供の躾ではない。ペットの調教だ。
教えてもらわなかった。知らなかったから失敗しただけなのに、そんなこと言われなくてもわかるだろ、常識だ! って。小学校にも上がってないガキに、そんなことを喚くんだぞ、信じられるか?
あれは、できないことに怒りが湧いたんじゃない。自分の子供の失敗で、恥をかくのが嫌だったんだ。
子供の失敗は親の失敗。そんなもん知らない、よくも恥をかかせたな、ってな。
自分たちの教育の不出来と不手際。それを認めようとするどころか、自覚すらしてないんだ。
外に見られて恥ずかしくない家庭。その形ばかり大事にしてるから、あんな無責任におまえが悪いと責任を押し付けられるんだ。
愛してるのは子供じゃない。恥ずかしくない俺を持っていることに幸せを感じているんだ。
小学校に上がる頃には、それをひしひしと感じ取っていた。
そんな小学生になってからの俺は、これでも優秀だったんだぜ?
勉強もできたし運動もできた。王様とまでは言わんが、クラスの中心だったガミとは上手く付き合いながら、それなりの立ち位置を維持してきた。
親共にとって俺は、自慢の息子だったんだ。
けどな、それは親に褒められたい、喜んでもらいたい、なんて素晴らしい望みから生み出した成果じゃない。
怒られたくない。
抱いていた強い感情はそれだけだ。
ガキなりに、歳を重ねるにつれこの社会の仕組みがわかってきた。
外から見られたとき、自らが取った行動がどう審判されるのか。そこに中身はなくても、綺麗な形さえ整っていればいい。少なくともそうやっている内は、怒られることはない。その行為に納得できず不満でも、損はしないようにできている。
綺麗な形をまっとうしている内は、褒められるし怒られない。人並みの家庭の範囲で、欲しい物は買い与えてもらっていた。
でも感謝の念を抱いたことなんて一度もない。
なにせ些細な失敗も許されない。人前の失敗なんて特にそうだ。あれだけ自慢の息子だと褒めておいて、次の日は本当の子供は取り違えられたのかもしれないとまで罵ってくる。
そんな中、会社に所属する社員として上げた成果、その報酬をなぜありがたがらなければならない。
そうやって失敗を重ねていく内に、責任回避能力が上がっていった。失敗を始めからないものにしたり、他人に責任を擦り付けたりと。まあ、保身に走ることに関しては、立派な子供に成長していった。よくガミを教師に売ったりしたもんだ。
中学生になった直後。ある日突然、母親が入院することになった。理由は知らされんかったが興味もなかった。未だに知らんくらいだ。
ただ、家族の危機を団結して乗り越えよう、なんてクソみたいなノリで、家事をやらされるハメになったのは面倒だった。でも必要なことを必要だからやっている。形も中身も伴っているから、まあ納得はできた。
家に母親がいないし、父親も忙しかった。だから家での一人の時間が増えた。
家のことをしっかりこなす俺を、母親が大変なことになって可哀想に。だけどしっかりやれて偉いぞ。早く母親がよくなるといいね、なんて大人たちからよく励まされた。
とんでもない。よくなってほしくない。永遠にこのままがいい。
鬱陶しい奴らの目がないので、伸び伸びと生活ができるんだ。あまりにも居心地がいいんで、あいつらがいないだけでこんなにも楽なのかと楽しかった。
成績が落ちたところで、家のことを頑張っているからって周りは見てくれる。
バーカ! ネトゲにドップリハマって忙しかっただけだよ!
中身はこの有様なのに、勝手に周りが綺麗な形だと褒めてくるんだ。
ここまで生み育ててくれた両親への感謝も想いもない。
家族愛という素晴らしい花が咲いていないからだ。
だから中三のとき、母親が死んだときも、悲しいなんて感情は湧かなかった。でもな、後になって生きていてほしかったくらいには思ったぞ?
葬式だけじゃなく、その後のことも色々と面倒くさかったからな。これなら病室でいつまでも寝ていてくれたほうが楽だった。そうやって息をつきながら、こんな歳で母親を失った可愛そうな役割を演じてたんだ。
一波乱が起きたのは、四十九日、その少し前だったか。
四十九日まで絶やしちゃいけない線香が、俺が家にいるときに絶えたんだ。
そういやおまえも、母親を亡くしてるんだったな。そうそう、あの蚊取り線香みたいなやつだ。
家族親戚の前以外では、手すら合わせんからな。こっちも帰ったらネトゲで忙しいから、燃え尽きてたのを見逃してたんだ。
丁度、母親側の親戚と帰ってきた父親は、それを見てチクリと言われたんだ。
そいつらが帰った後は、当然、父親はブチギレだ。怒りに任せた拳が数年ぶりに飛んできた。
でも、俺ももう小さいガキじゃねー。ガキん頃とは違い、体格差は大したない。運動不足のアラフォーより、俺のほうに分があった。
あっさりそれを避けて、
「ふざけんじゃねー!」
通り過ぎてく背中に思いっきり蹴りを入れてやった。
「なんでこんなくっだらねーことで、ここまで責められなきゃなんねーんだ! テメェがやりたくて勝手にやってることだろ!」
こんなくだらないことで、なぜここまで責められなければいけないのか。それに理不尽さすら覚え、人生で初めてブチギレた瞬間だった。
だってそうだろ。あいつがキレたのは、俺が母親を蔑ろにするような真似をしたのでもない。自分の亡き妻を蔑ろにされたからでもない。
ただ、親族の前で恥をかいたことに、憤ったにすぎない。俺はそれをよくわかっていた。
気づけば手近にあった香炉を掴んで、その背中に叩きつけていた。その勢いでもう一発ケリを入れてようとしたら、震える背中を見て、一気に毒気を抜かれた。
こんなのに怒られるのが怖くて、今日まで怯えていたのかってな。
急に馬鹿らしくなった。こんなのを相手にするくらいなら、ネトゲをやってるほうが有意義だから部屋に戻った。
そして親族が集まる四十九日をバックれて、奴らが帰るまでガミの家に転がり込んだ。相当親族に詰められたんだろうな。帰ったら父親はなにも口にはしなかったが、恨みがましそうに睨んできた。だから殴る真似をしたら、ビビって尻もちをついたのは傑作だった。
そうやって、親子の間には、決定的な溝ができた。
同じ家に住んでても、向こうは顔を合わせてこない。いつからか家にすら寄り付かんくなった。かといって世間体は大事だから、生活費や小遣いは銀行に振り込む形で与えてきた。俺がまたブチギレたとき、なにをするのかわからない。それが一番怖かったんだろうな。
あいつは俺の優秀さを説いて、あっちこっちに自慢していたからな。だからそのあてつけに、市の不良品在庫市みたいな底辺高校へ進学した。徒歩圏内で便利だってこともあったが……想像以上に不良品がアレだったから、それはそれで後悔したがな。
高校はまあ……三年のときに色々あったが、それはまた今度話してやる。あれはあれで、色々とあったからな。
高校を卒業した後は、手切れ金を貰って上京した。
あのクソ親とは、以来一度も会ってない。
「な、面白くもなんともない話だっただろ?」




