04
予約投稿していたつもりでした。
高校二年生の少年Aが、家族親戚が寝静まっている間に皆殺し。その死者数、実に六人。ありふれた一軒家、そのたった一つの屋根の下で生まれた死体としては破格の数だろう。
ショッキングかつセンセーショナルな事件。この一家に一体、どのような闇があったのか。少年Aだけではなく、故人のプライバシーは根掘り葉掘り、骨までしゃぶり尽くされ発信された。その様はまるで、死者の墓を暴き立てるハゲタカである。
続いて湧いてくるのは、自称事件の関係者を語る匿名希望のネット民。彼らの無遠慮かつ無責任な発言を合わせれば、どこからどこまで真実であり、虚実なのか。嘘を嘘と見抜けない者たちが多数派のこの社会では、正義を掲げ気持ちよく振るえそうな叩き棒こそが、暫定真実扱いされるのだ。
その先であらゆる分野の専門家たちが、さながらクリスマスツリーを飾り立てるかごとく、あらゆる『○○の闇』で事件を彩り囃し立てるのであった。
なぜ、こんなことが起きたのか。
端的に言うならば、毒親による兄弟差別。生まれてから親兄弟、そして親戚にバカにされ、蔑まれ、ゴミのように扱われてきた十七年。ついにプッツンといって、凶行に及んだというわけだ。
俺にとっては、それ以外の情報は全て余剰。
少年Aへの同情とか、加害者から被害者へ落ちた故人への憤りとか、そんなものはまるでない。あるのは面倒な事件が目の前で起きたなという嘆息であり、この家に住んでいるからには仕方ないという諦念くらい。笑い話にできない不幸は、無関心に限るというものだ。
一方レナは、
『カァー! 人の不幸で飯が美味い! 毒親の自業自得ならなおさらっす!』
あの事件を笑い話としてすっかり昇華している。
今回の事件の内情は、ほとんどがレナから教えられたもの。それはもう嬉々としてキーボードをカタカタさせていた。
『そうだ、センパイ』
そして事件が起きてから一ヶ月。
『自分、あの事件が起きた一番の要因。その真実にたどり着いちゃったっす』
この後に及んで、また新たな情報を発掘してきたようだ。
ネットだけではなくテレビにも飽きられた事件を、よくもまあここまで執心できるものだ。呆れを通り越して感心すら覚える。
しょうがない奴だと思いながらも、食後の話題に付き合うことにした。
「一番の要因?」
『実はあの家族、引っ越してきたのが三ヶ月前らしいっす』
「なんだ、結構最近だったんだな」
近隣八分を食らっているからご近所付き合いがない。それに加えて、近隣住民は引っ越しで入れ替わり立ち代わりが多すぎる。だから向かいの少年A家についても、いつから住んでいたのか知らなかった。
先住民のような気もしていたが、どうやら新参者だったようだ。
『親ガチャ失敗による鬱屈したその人生。きっとホラーハウスが、彼の背中を押してあげたに違いないっす』
心が弾むような打鍵音。
『燦然たる来歴に、素晴らしき歴史が刻まれたっすね』
「おまえは人の命をなんだと思ってる」
『エンタメ』
「うーん、これはろくでもない」
『毒親共に同情の余地なんてないっすよ。だって注いできたのは、愛情ではなく侮蔑と嘲笑。ならその心に咲くのは、家族愛ではなく恨みの花が残当っすから』
「中々面白い言い回しだな」
そんな文学的にも聞こえる表現がおかしくて、つい笑ってしまった。
「センパイ……?」
ふと、キーボードを鳴らす代わりに、レナは声を漏らした。
ふすまの向こう側からではない。その音はすぐ後ろから。折りたたみ机の前に、レナが座布団を敷いて座っている。最近は寝るまで、レナはこうしてこの部屋で過ごすのが日常になっていた。
だからこそ、吐息を漏らすような音。そこに含まれた感情の機微が伝わったのだ。
かすかな違和感を覚え、それに反応したそれである。
「そうだな……ろくでもないものを注いだなら、咲くのはまっとうなものなわけがないな」
レナに言い聞かせるでもなく、そんな言葉が自然と漏れ出した。
「ぁ……その」
躊躇うように喉を鳴らすレナ。
『どうしたんすか?』
なにをと指し示すでもなく、レナは曖昧に濁している。
遠慮しているのだろう。なにを? 踏み込んでくることにだ。
「なに。親ガチャを失敗した少年Aくんの根っこに、親近感を覚えてな」
変わらず躊躇うように、ゆっくりと。キーボードの打鍵音を響かせる。
『毒親だったんすか?』
誰の、とまでは綴らない。
だがこの文脈で少年Aくんの話ではないのは明白だ。
「いや、毒親ってほどじゃない」
だから勿体ぶるほどでもない話を続けた。
「ただ、愛情という名の自己愛だけを注いで、素晴らしい花を咲かせてくれたクソ親だ」
『クソ親っすか』
「クソ親もクソ親。大人らの不出来と不手際を自覚せず、無責任に責任を押し付けてくるような奴らだったよ。おかげさまで、保身に走ることに関しては、こんなに立派な大人になりました、ってな」
『そこまで言われると、流石に気になるっすね。是非、センパイの半生をご教授いただきたいっす』
「ま、いいけど。別に面白い話じゃないぞ。タチの悪い大人のもとで、ろくでもない大人に育ったってだけの話だ」
少年Aくんと比べれば、大きな谷もなければ山もない。ゴチャゴチャとうるさい外野が、おまえは恵まれていると喚くだろう。
それでも俺はそんな奴らに向かって、胸を張って中指を立てようか。
『俺の親ガチャは大爆死だ』
と。




