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自宅警備員を正規雇用してから、三ヶ月。
正社員にしたからといって、家計の支出が増えたわけではない。なにせ元より、給与として支払っていたのはやりがいだ。だから社員に求める要求も上がるわけもなく、生活に大きな変化はない。
文野楓の人生へ戻ることなく、一閃十界のレナファルトであり続けたい。そんなレナを今までと変わらず、甘やかすことに決めた。ここまできたらとことんまで流されてやろうと、楽観的な生き方を曲げることなく進んだのだ。
この社会が掲げるルールやモラル。扱いは知ってはいるが、尊ぶ心など自分に宿ってはいない。だからあのままレナと一線を越えることに、背徳感はあれど罪悪感はなかった。
それなのに手を出さなかったのは、求められたから応えたという、予防線を張っていたからにすぎない。
ちょっと受け身すぎたか、という反省がないこともない。あのときはがっつかないことこそが、大人の余裕とすら思っていた。もしかすると、求められていたあり方を間違っていたかもしれない。今思い返せば、レナはこちらを見上げたまま目を瞑る場面が多々あった。……あそこで求めることが、大人らしさであり男らしさと考えないでもなかった。
惜しいことをしたと悔やんでももう遅い。一夜明ければこれまで通り。俺たちの関係は仲睦まじい男女ではなく、センパイとコーハイ、クソ社長と自宅警備員のまま。おーい磯野、野球しようぜーという感覚で、夜のスポーツに誘える雰囲気などはなく。男女の関係にムードというものが、どれだけ大切であるか。彼女いない歴年齢独身でも、よくわかる顛末であったのだ。
だから、
「堕ちるときは一緒だぞ」
胸元まで抱え込んでおきながら、レナとの関係はこれまで通りというわけだ。
意外なところからレナの姉が迫ってきていたが、大事はあれっきり。俺たちの生活に大きな変化はまるでない。
だから油断しきっていた、そんな折。
仕事から帰ってきたら、我が家の周囲が警察関係者満員御礼となっていたのは、血の気が引いたのだった。
◆
我がホラーハウスの下では、現在進行系で犯罪が起きている。罪状は、未成年者略取・誘拐罪。三ヶ月以上七年以下の懲役とのこと。わいせつな行為とみだらな行為の違いを含めて、自宅警備員を雇用するまで知らなかった情報である。
この両手に輪っかがかかったとき、これだけは叫ばして欲しい。
「俺は子供に手を出していない!」
一年以上も抱え込んでおいての戯言だ。誰も真面目に受け止めてくれないだろう。
我がご尊顔はお茶の間デビューし、嫉妬に狂ったネット民共が羨ましい妬ましいと、身勝手な妄想を膨らませながらボロクソに叩くのだ。そして正直者たちは、彼のように家出少女に手を差し伸べたいだけの人生だった、と欲望に耽るのである。
警察関係者満員御礼は、その第一歩。未成年者略取・誘拐の罪を犯す主役を求めて、オフ会をしにきたのである。
というわけではなかった。
この額から流れ出た冷や汗を、残暑よりもたらされたものと勘違いをし、早々に解放されたのだ。彼らもこの家に住む俺が、近隣からどのような扱いを受けているのか。それをよく知っている証拠でもあった。
こいつはなんの情報にもならない、と。
嫌な汗を掻いたと玄関の扉を閉め、リビングへ滑り込む。そこで俺を迎えてくれたのは、スッと汗が引くほどの冷房だけ。いつもとは違う、非日常とも言える光景である。
いつもなら、どこへいようとパタパタと足音がまず聞こえてくるはずなのに、それがない。キッチンを覗き込んでもそこは空。開けっ放しの私室の隣にも誰もいない。
そして自分の部屋へとそのまま入ると、やっぱり人の姿は見えず。
「あれ?」
代わりに見たことのない光景があった。
超常現象の残り香とも言える、異様な光景があったわけではない。
あったのはただ、ベッドの上で盛り上がっている布団。
それがどういう意味を示すのか。すぐにわかったが、それに至った経緯がわからない。
「おーい」
盛り上がった布団に手をかけ揺すってみる。
返事がない、ただの屍のようだ。みたいなことがあったら、流石に困る。布団にはぬくもりは感じるし、一定のリズムで上下している。ちゃんと息はあるようだ。
逡巡はあったが、意を決し布団を捲ってみた。
「んっ……!」
思わず息を呑んだ。
こたつの中の猫のように、丸まっているその姿。胎児のようでありながら、それから程遠い豊かな母性。
我が寝床には、巨乳JK美少女が眠っていたのだ。いや、巨乳元JK美少女だ。
ドッキリはなかったが、ドキリとした。
こうして寝顔を見るのは初めて。横顔は幼くありながら、寝息に従って揺れる唇が艶かしかった。
あの晩を思い出し、つい唇に目を奪われる。次に移すべき行動について、頭が動いてくれない。
どれほどの時間が経ったか。
無意識のうちに伸びた指先が唇に触れると、
「セン……パイ?」
甘くすら感じる音が伝わってきた。




