表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
センパイ、自宅警備員の雇用はいかがですか?【コミカライズ版2巻8/28発売!】  作者: 二上圭@じたこよ発売中
否融通社会軌条ノ機関者

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

70/118

08

「ま、わたしの恋は置いておくとして、椛のほうはどうなの?」


「私の?」


「椛のことだもの。辟易するくらいには、恋情の雨あられに晒されてるでしょ? 試しに傘を閉じてみようって相手は、まだ見つからない?」


「恋情の雨あられ、ね。残念ながら、そんな上等なものに出会ったことはないわ。あれはまどか風に言うなら、ご褒美を求めてるだけのものね」


「目的が透けて見えすぎて興ざめ?」


「散々、得をしてきたんだもの。今更中身をちゃんと知ってから好きになってくれ、なんて自分勝手なことは言わないわ。でも、恋に恋する乙女ってわけじゃないの。日照りに苦しんでるわけじゃないんだし、身を削ってまで雨乞いをしようとは思わないわ」


「……なんか椛って、いざアラサーになったとき、やってこなかった後悔をする典型よね」


「周りが次々と結婚して焦るとか?」


「いざ恋愛沙汰に直面したとき、経験のなさをコンプレックスにするのよ。いい歳をして本気の恋愛とかって、色々とこじらせてさ。年下に恋をした日なんて、変な見栄ばっかり張っちゃいそう」


「……うっ」


 長い付き合いなだけはある。まどかの未来予測は的確すぎて、自分でもそうなるかもしれないと胸が痛かった。


「だからって、適当に恋愛ごっこをしても、それはそれでわたしみたいに黒歴史を築きそうだし。進んで経験したいわけじゃないなら、自然の成り行きに任せるのが一番よさそうね」


 試しに恋愛を経験してみろ、と押し付けがましくないところが、やはり私のことをよくわかっている。


 恋に恋などしてないが、降ってくるのを期待する乙女心くらいはある。私の恋愛観は、宝くじを当たるのを願うようなものだ。


「結婚が女の幸せだなんてものは、時代錯誤な考えよ。ペットに癒やされながら、趣味に生きるのも悪くないかなって、最近は考えてるの」


「……椛、それ、二十歳で達する人生観じゃないから」


 まどかより送られるのは、手遅れの患者を見るそれである。


「趣味といえば、こっちにきてからなにか新しいことでも始めたの?」


「誘われて新しいことをかじることくらいはしたけど……どれもピンと来なかったわ。趣味らしい趣味といえば、相変わらず絵を描くことくらいかしら」


「それにしては、こっちに来てから完成品を見せてもらったことがないけど。あんまり描いてないのかなって」


「こっちへ来てからは、気の赴くままに描いてるの。完成度もそれなりだから、わざわざ見てもらいたいものじゃないだけよ」


 将来を見据えた大学生活というものは、なにかと忙しい。絵を描くのは好きであるが、自己満足を満たすためのもの。未来へ繋がる勉強や人間関係構築と比べれば、優先度は低い。


 高校までは頼まれて描くことも多かったが、今はそんな相手はいない。だから写真のようなリアルを追求した絵を描くのは止めて、もっと気軽にできる路線へ変更した。スケッチブックを持ち出して、気の赴くままに風景を描く。それなりに形にはなっているが、前と比べれば雲泥の差。妥協の産物。見られて恥ずかしいわけではないが、わざわざ見てくれと差し出すほどのものではないので、話のネタにもしなかっただけだ。


「描いてるかどうかって言うのなら、今日だって描いてきた後よ」


 最寄り駅から一駅。観光スポットにもなっているほどの、大きな国民公園。上京してからはずっと、そこで自己満足を満たしている。


「へー、どんなの描いてるの? ちょっと見せてよ」


「ただの風景画。面白いものじゃないわよ」


「いいのいいの。大事なのは椛の描いたものってことだから」


「隠すほどのものじゃないからいいけど、あんまり期待しないでよ」


 ソファーに上がっているスケッチブックを差し出した。これを見越して控えさせていたのではない。帰ってきたときに、そのまま投げ出したままになっていただけだ。


 開いたスケッチブックを、まどかは最初のページから捲くっていく。逐一感想を漏らすことはないが、感心したように喉を鳴らしている。これまで見せてきたものと落差はあれど、見ていてつまらないものではなさそうだ。


「……ん?」


 そんなまどかの手が止まったのは、私のグラスが残り一口分になった頃。機嫌良さそうにしていたその顔に、物憂げな影が差していた。


「これって……?」


 おずおずとこちらの顔色を伺うように、まどかは気になったページを見せてきた。


 池のほとりの向こう側に広がる、生い茂る木々。それを背にした一人の少女。背景は実物の風景の模写であるが、佇んでいる人物は妄想の産物だ。


「楓のつもりで描いてみたんだけど……上手くいかなかったわ」


 最後に見た妹の姿。記憶を引っ張り出しながら描いたものだ。


 気を使うまどかの素振りは、ただ行方不明の妹を想ってこんな絵を描いたからではない。中途半端な未完成品だからだ。


「あの子が笑ってる顔が、どうしても浮かばないの」


 楓の絵は、のっぺらぼうなのだ。


「前に私の楓像は、小学生で止まってる、って話したじゃない? この絵を描いているときね、改めて思い知ったわ。母さんが亡くなって以来、あの子が笑った顔って、見たことないのよ」


「椛、それは……」


「今更後悔しても、仕方ないのはわかってる。……でも私は今日まで、そんなことにも気づかなかったのよ」


 まどかは始めから、子供であった私にできたことはない。親と社会が悪いでいいんだと諭してくれた。少しは救われた気持ちになったが、それで全てを割り切れることはないし、流していいものではない。


 自らしてきたことを棚に上げたままでは、また同じことの繰り返しになる。どれだけ受け止めるのが苦しい失敗でも、楓に辛い目にあわせてきたのは私自身。だから楓は、行方を晦ませる道を選んだのだ。


「頼ってもらえなかったのも、当然ね」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。



百合の間に挟まるな! ~脅迫NTRもの展開を阻止した結果、百合の間に挟まれた件~
推しの百合営業系Vチューバーの間に男が挟まったばかりに、脳破壊された主人公が子供時代にタイムリープした話。
本編とその前日譚まで完結しておりますので、よろしければこちらもご一読ください。



コミック版が3月28日に発売、予約受付中!
i000000



『センパイ、自宅警備員の雇用はいかがですか?』書籍版、発売中!
i000000
― 新着の感想 ―
[一言] 宝くじが当たるのを願うのわかるー ま、そもそも買おうとしてないんですけどね、へへw
[一言] 自分のしたことが失敗だったから失踪したって言う考えは自分しか妹を導けないっていう傲慢さからきているように感じられてなあ……なんか、こう、気持ちの悪いものがある
[一言] ぶっちゃけ、本当に妹を守りたかったなら父親を放置せずに糞さを記録するべきだったんだよね。 妹にかまう(迷惑かつ無意味でしかない)より、やることがあったよねってようやく痛感できたんだろうね。妹…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ