07
責任感と罪悪感に潰されそうになったが、弁解はさせてもらいたい。
ネトゲで出会った初心者プレイヤーの中身が、小五ロリだと一体誰が思おうか。
毎日がっつりネトゲをやり、成績こいつ大丈夫かとは思ったが、自分も高校の頃、ずっとそんな感じだったのだ。それを咎め注意するほど俺も無粋ではなかった。
「入学式で折れたのは、底辺高校特有のヒャッハー集団に馴染めないからか」
そんな奴がまともな高校にいけるはずがない。それこそ地元の不良すら忌避する、三時のおやつがあるような高校だろう。こんなコミュ障な巨乳JK美少女など一瞬にして餌食。初回特典も強引に取り上げられる未来が見えている。
『は? 舐めんな。自分が入学したのは、底辺なんぞお断りの進学校っすよ』
だというのに、およそネトゲ廃人には似つかわしくない高校だと語るのだ。
「ネットに引きこもってるおまえが、そんなの入れるのか?」
『中学んときは常に学年首位でしたから。自己採点ですが入学試験もほぼ満点。ペーパーテストなんざクソチョロすぎ』
「マジかよ」
『これでも神童なんすよ。勉強なんて、ネトゲの片手間で充分充分。なぜこんな簡単なこともわからないのか、わからない系女子っすよ』
自信満々に自らを神童だなんてレナはのたまう。
ふすまの向こうでは今、一体どんな顔をしているのだろうか。確認してみたいが止めておこう。桃を投げつけながら黄泉比良坂を全力疾走するのはゴメンである。
確かにレナは一度教えたことは二度聞かぬ。時間がなくて一だけ教えると、次会うときには十を知っている状態だ。
どうやらそれは趣味だけではなく、全てのものに当てはまるようだ。
『ま、そうやって知識全振りだから、リアル対人スキルがゴミすぎる件について』
その反動はどうやら、社会を生きるのに致命的な弱点を与えたようである。
「なんでわざわざ、そんな奴が進学校なんて受けたんだ」
『高卒認定でちょちょいと終わらせたかったんすけど、我が家は半上級国民なんす。通信高校の妥協も許されんかった結果、ごらんの有様だよ』
「保健室登校は?」
『高校は義務教育じゃねぇぞとロジハラされるのがオチっす』
これ以上ない正論であり現実である。
『いくら結果を出せば放任主義な親でも、高校すら満足に通えない有様についにブチギレ。結婚できるようになった暁には、上級国民ジジイの慰みものに出すと言われたんすわ。その様はさながら、戦国時代の縁繋ぎの道具。ツイフェミさんたち大激怒案件ですよ』
ようやく一番知りたかった答えがもたらされた。
顔も知らぬ男をアテに、飛行機の距離を家出してきた真の理由。文字通り必死となって、逃げ出す状況に追い込まれたのだ。
「だからついに逃げ出したのか」
『あれはマジな顔っしたね。東京の姉さんのところに行きます、って書き置きを残して敵前逃亡。どうせ連れ戻せる場所にいるならしばらく放置と、時間を稼げるはず』
「しばらく放置って……娘が飛行機の距離を家出だぞ? 心配するだろ」
『心配しませんよ。うちは片親なんですが、あれは子供自体に興味ありませんから。あるのはあくまで、子供が生み出す結果と成果だけです』
たった十五歳の少女が、親をこう評するのはどれだけのことがあったのだろうが。
俺も同じく素晴らしき親に恵まれたわけではない。だが同じように達観し、所詮あんな親だからという境地に達したのは二十歳のときだ。
憐れむつもりはないが、五年の付き合いの裏に隠されていた、レナの境遇に複雑な気持ちとなった。
「待て、東京の姉さん?」
だから親の話はもういいと、こっちの事実に気を取られたのだ。
『イエス。マイシスターは東京大学に通ってるんです』
東京の大学ではなく、二字熟語が地続きだ。姉妹揃ってマジで神童かよ。
「じゃあ、宿は俺をアテに来たわけじゃ……」
『流石の自分もセンパイ全振りなんて無謀な真似はしませんよ。こうして頼ったのは目的の二の次』
「二の次?」
『はい。ガチでセンパイとオフ会しに来た感じっす』
オフ会。東京上陸を知るに至る第一報。
まさかそれが本当の目的だとは誰が思おうか。
「ネット弁慶がよく、オフ会したいだなんて思ったな」
『自分にはセンパイ以外、心を開ける相手がいないんすよ。だから一度くらいは、センパイのチー牛面を拝んで見たかったんす。ザ・社会人が来て、いい意味でビビリましたけど』
「よりにもよって俺以外にいないって……お姉さんはどうなんだ? あたりが厳しい人なのか?」
『姉さんは優しいですよ。自分のことを世界で一番想ってくれている人っす。……でも優しいだけで、自分の気持ちには寄り添えない人っすから』
「寄り添えない?」
『自分の対人スキルは、ならせば向上するもんだと信じてるんす。少量ずつ食べれば、アレルギーは治るとのたまう昭和のクソトメと同じっすね』
優しく自分を想っている姉を、レナは昭和のクソトメ扱いする。
『そんなわけで、センパイとオフ会してお話できただけで、当初の予定は大方完了したんす』
「オフ会言ってるが、おまえがやってることはいつもと同じだからな」
声を出しているのは俺だけである。これならボイチャをやっているとのなにも変わらない。まさしくレナが札幌にいてもできることである。
『いやいや、自分の中にあったセンパイ像が、チー牛からザ・社会人に更新されただけで、大きな収穫ですよ』
そんな軽口をレナは叩く。
一番の目的は俺とのオフ会。宿として俺をアテにしたのは、会う口実とばかりに。
だが、それもそれでおかしい話だ。
なにせレナは覚悟を決めた状態で、こうしてこの家に上がった。それこそ攻城戦を仕掛けられないと知って嗚咽を漏らすほどに。
まだ、なにあるのかもしれない。
「当初の目的が叶った後は、どうしたかったんだ?」
『現実逃避がしたいっす。満足したら姉さんのところへ行くんで、それまでの間、置いて貰おうと思ってました』
現実逃避。
先程もたらされたのが家出をした真の理由であれば、こちらは真の目的である。
「……満足したら行くって言うが、仮にも未成年だろ? それまでどこにいたのか、お姉さんにはなんて言い訳するんだ?」
毎晩の宿をヘルプミーからの自宅警備員雇用。
レナがしたい現実逃避は、それこそ一日二日ではないだろう。いや、一日二日でもまずい。家出してからお姉さんを訪ねるまでの空白期間、どう過ごしてきたのか問い詰められる案件だ。
言い訳と嘘を塗り固めたところで、納得させるのは簡単なことじゃない。
『大した言い訳なんて必要ありませんよ。巨乳JK美少女ブランドを活用して、ギルドでパーティー募集をかけた。それだけで充分っす。あ、センパイを売るような真似は絶対しませんから安心してください』
「おいおい……」
ギルドでパーティー募集。もちろんそれはネトゲ内の話ではない。
神待ちやらホ別やら苺やら割り切りやらの隠語が飛び交う、大人のインスタントな交際募集だ。身を切って東京の夜を乗り切ったと、堂々と宣言するつもりのようだ。
レナも神童だ。そのことを軽く考えてはいないだろうし、親姉妹から、どんな目で見られ反応されるかも想定済みのはずだ。
『センパイ、自分はもう、人生詰んでるんすよ』
それで構わないとばかりに、レナはそう主張した。
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